東京2020パラリンピックの車いすバスケットボールで、MVPを獲得した日本代表のスピードスター・鳥海連志選手が、車いすバスケと出会ったのは中学生の頃。全然できないけれど楽しい。できないことが楽しい。できるようになりたい。初めてそう思ったのだそうです。

※本記事は、鳥海連志:​著『異なれ -東京パラリンピック車いすバスケ銀メダリストの限界を超える思考-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

自分の理想に最短距離でアプローチしたい

東京パラリンピックを終え、いろんなメディアから取材を受けるなかで、インタビュアーの方から、こんな言葉をよく言われた。

「鳥海選手ってすごく発想力がありますね」

「他の人なら、そういうことは思いつかないんじゃないですか?」

自分で自分をそう思ったことは一度もないが、僕の車いすバスケットボール選手としてのキャリアを紐解くなかで、そのような感想を持たれる方は意外と多いようだ。

例えば、東京パラに向けてこんな経験をした。

高校3年生の夏に出場した2016年のリオデジャネイロパラリンピック後、「東京パラでスタメンになる」という目標を立てた僕は、ディフェンスだけでなくボール運びやリバウンド、パスやシュートなど幅広いプレーでチームに貢献する「オールラウンダー」になることを決意した。

ジャンプができない車いすバスケにおいても高さは、健常者のバスケ(僕たちは「立ちバス」と呼ぶ)同様に大きな優位性を持ち、各国でエースと呼ばれる選手たちは、総じて座面の高い車いすに乗っている。

オールラウンダーとしてプレーするには、彼らと同等の高さが必要だと考えた僕は、東京パラでは、リオパラで使っていたものより20センチ座面の高い車いすでプレーした。リバウンド数も、ゴール下のシュートも増えた。

先天的な理由や、切断によって脚に障がいがある車いすバスケ選手は、車いすに乗ったときの重心が、健常者と比べて高い。それゆえ、選手たちはコントロールのきく体の部位をフルに使いながら、基礎練習やフィジカルトレーニングによってバランスコントロールを行ったうえで、猛スピードで走ったり回転している。

そこからも想像できると思うが、高さが1センチ変わっただけで、車いすの操作性には大きな影響が表れる。スピードを出してターンしようものなら、遠心力で大きく振られて、転倒することもある。

1から重心コントロールに取り組み、再びバランスをとれるようになるまでには、相応の時間と労力がかかるので、それに挑もうとするプレーヤーはあまり多くない。ましてや、20センチも高くしようと考えた選手は、たぶん世界中を見まわしても少ないと思う。

今回の東京パラのニュースでもよく取り上げられ、認知された「ティルティング」というプレーもそうだ。車いすの片輪を上げ、高さを出したまま静止し、シュート、リバウンド、シュートチェックなどで優位に立つティルティングは、強い体幹とバランス感覚が必要なプレーだ。

車いすバスケには、障がいの重さに応じて1.0から4.5まで、0.5刻みに8段階の持ち点が与えられ、コート上にいる5人の持ち点は合計14.0以下でなければならないルールがある。

ティルティングは「ハイポインター(持ち点4.0以上)」と呼ばれる障がいが軽い選手ならではのテクニックとされていたが、「ローポインター(持ち点2.5以下)」である僕は、中学3年生頃からこの技術の習得に取り組み始め、ここ数年でようやく試合で使えるようになった。

体幹機能がほぼ利かない選手がほとんどのローポインターのなかで、僕は体幹機能がハイポインター並みに使える珍しいタイプ。ティルティングができるようになった背景には、そのような事情もあったが、僕と同じように体幹がきくローポインターの選手でも、ティルティングを多用することはあまりない。

他にも、重心をより感じやすくするために、通常2~3センチ程度とすることが多い座面の傾斜を、10センチ以上にセッティングしたり、プレー中のユニフォームの乱れをいちいち直す手間を省くために、練習用のユニフォームをウエストのところでバッサリ切ったりしている。

周りの人からすると「よくも悪くも常識はずれ」という言葉に落ち着くのかもしれないが、僕の中では、自分の理想とするものに最短距離でアプローチできる方法を考え、実践しているだけで、あえて人と違ったことに取り組んでいるという感覚ではない。

▲自分の理想に最短距離でアプローチしたい イメージ:YsPhoto / PIXTA