世界人口の増大で近い将来に予測される食糧危機に対処するため、FAO(国連食糧農業機関)は、2013年に「食用昆虫:食品と飼料の安全性の将来の見通し」と題するレポートを発表。昆虫食が従来の家畜や飼料の代替となりうること、地球環境と健康・生活に有益であることを知らしめました。

それ以来、「フードテック」「アグリテック」が世界的に注目され、欧米ではすでに食用昆虫の“大量生産”も一部で始まっています。それでは、日本の現状はどうなのか? 昆虫食および昆虫系市場の現在と今後の課題について、6月23・24日に開催される「昆虫イノベーションセミナー」で司会を務める東京農業大学教授の佐々木豊氏にお聞きしました。

みんな知らないうちに年間500gも虫を食べている!?

「世界の各地域で、昆虫を食べる文化はもともとありました。日本でも、群馬県・長野県・岐阜県・宮崎県といった一部の地域では、いまも昆虫が食用されているそうです。イナゴの佃煮は道の駅などで売られていますし、長野県のざざ虫は最近もニュースになっていましたね」(佐々木教授)

▲イナゴの佃煮 出典:maicocco / PIXTA

長野県では、ざざ虫のほかに蚕(カイコ)も食用されているそうだ。養蚕によって作られる絹糸は、明治期に外貨獲得産業に位置付けられ、日本を近代化させる礎となった。絹をとったあとの蛹(さなぎ)は熱で死んでいるが、明治時代当時は鶏や鯉、鮒の餌として利用され、現在でも食品スーパーでは蛹の佃煮が売られている。

「家畜化昆虫といって、人間が手をかけないと生きられない虫がいるのですが、蚕はその一つです。産業動物ならぬ産業昆虫として、日本の近代化に貢献した点も含めて、蚕は日本の昆虫食文化において重要なポジションを占めていました」(佐々木教授)

世界に目を向けると、更にさまざまな昆虫が食用されている。タイのタガメ、中国のスジアカクマゼミ、オーストラリアのミツツボアリなど。ミツツボアリは名前の通り、体内(お腹)に花の蜜を溜める習性のある蟻で、漫画『美味しんぼ』ではデザートとして登場したこともあるそうだ。アボリジニーの人々にとっては、現代の私たちが言うところの“スイーツ”なのだろう。

「そもそも、地球上の全ての人たちは、知らないあいだに昆虫を年間500g食べているそうです。食品の着色料やコーティング剤として使われているとのこと。あと、これは私もつい1年半前に知ったのですが、蚕沙(さんさ、さんしゃ)と呼ばれるカイコの幼虫が食べ残した桑葉と蚕糞の混じったものは、抹茶アイスの着色に使われているものもあるそうですよ」(佐々木教授)

抹茶味はアイスのなかでも人気の味だが、もしかして自分が好きな商品にも使われているのか。「それは成分を調べてみないと……」と佐々木教授はいたって冷静だった。

▲蚕沙(カイコの糞) 出典:noriver / PIXTA

家畜の飼育と比べて圧倒的に少ない温室効果ガス排出量

なぜ、昆虫食がこんなにも注目されているのだろうか。

「昆虫食が必要とされている背景には、食糧危機のほかに、畜産業による環境負荷の問題があります。今、世界中で肉食人口が増えていますが、例えば牛を育てる際、体重を1kg大きくする過程で温室効果ガスが2,850g排出されています。豚は約80gと牛に比べれば少ないですが、これがミールワームだと約7.6g、ヨーロッパイエコオロギは更に少なくて約1.6gで済みます。

昆虫食は、家畜と同等のタンパク質が摂取できますので、私たちの研究室では、仮に日本全国で肉類の消費が全て昆虫タンパクに置き換わった場合、温室効果ガス排出量は1,088分の1、必要な水の量は1,596分の1まで減らせると試算しています[2017年データ]。 現実的には全部が置き換わることはありえませんが、環境負荷を減らす効果は想像していただけるのではないでしょうか」(佐々木教授)

これらの利点を見込み、昆虫食に関わる企業のスタートアップが世界で相次いでいる。Entomo Farmsは、コオロギを原料とした食品を販売するカナダのスタートアップ。ローストしたコオロギをはじめ、ペットフードや家畜の飼料、魚の養殖に用いられる飼料なども販売している。日本の現状を知るうえでは、昆虫食で地域活性化を目指すソーシャルスタートアップの「せみタマ」がまとめた「昆虫食関係企業・業界図鑑(カオスマップ)2022」がわかりやすい。