温かく面白い家庭で育った男が、道を踏み外すまでの思い出

息子を守るためにナタを持ち出す優しい父
対する父は、厳しくて頼りになる人だ。
「ご飯できたよー」
この呼び声が聞こえたとき、僕はリビングにいて漫画を読んでいる最中で、父はテレビを見ていた。2人で洗面所に手を洗いに行って、食卓についたその瞬間。父が僕に手を洗ったかどうかを尋ねてきた。耳を疑った。どういうことだ? 今さっき一緒に洗いにいったばかりではないか。忘れたにしては早すぎる。時間軸がごっちゃになっているのか?
「ん? さっき漫画を読んでたから?」
「その口の聞き方はなんだ!」
左頬を思いっきりビンタされた。何か間違えたのか? 口の聞き方が悪かったとは思えない。だが、恐怖で逆らうことはできなかった。このときの僕は、左の奥歯が虫歯だった。
「やめて。こっち虫歯なんだから」
母の優しさだ。
「じゃあコッチか」
優しさがアダとなって、余分な一発が右頬に追加された。このことで父を責めてしまったことがある。自分に対する愛情がないのではないか、という誤解が原因だ。そうではないことは、あとになってわかる。
不良グループの元締めに追われて、殺されかねない状況のときに、僕を守るためにナタを持って家を飛び出そうとした。いつもは無口で厳格な父だが、僕が産まれた時はカメラを持ちながら、走り回っていたと祖母に聞いた。そんな父を責めてしまった後悔と罪悪感は、今でも胸の中に残っている。「父は背中で語る」というが、背中ではない場所で語ってくれたことがある。
父が股間で語った瞬間
小学生の頃に風呂に入っていて、何気なく股間を見るとブツブツができていた。このブツブツは、陰毛が生える前にできる毛穴のブツブツだった。このときは病気になってしまったと思って、大声で父を呼んだ。
「お父さーん!!」
風呂場で絶叫する僕の声を聞いて、慌てて駆けつけてくれた。病気になったと涙ながらに訴える息子を見て、何かを察したであろう父は、何も言わずに黙って自分のパンツをずらした。父が股間で語った瞬間である。
ほかにも影響を受けた出来事がある。
「ちょっとネギを買い忘れたから買ってきてくれない?」
食材を買い忘れた母が、夕飯の支度をしながら父に頼んだ。父はおもむろに立ち上がって、僕の前に車の鍵を置いた。何が起きているのかわからずに、呆然としていた。
「何してるんだ健悟。そこは1回まず立ち上がって行ってきます。いや、僕はまだ小学生だって言わないと」
なんと小学校3年生にノリツッコミを要求してきた。こういう環境で育ったことが、後々お笑いを好きになった理由だろう。
余談だが、父には1つ秘密がある。小学生の頃に、友達同士で魚釣りに行ったときのこと。1匹も釣れずに帰る支度をしていたら、近くにいた釣り人が自分たちの釣った魚を譲ってくれた。
「おー、すごいのが釣れたな」
家で待っていた父はうれしそうだった。本当のことを言わなければいけない。でも、言おうとすると、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。どこで釣ったのか。エサは何を使ったのか。
「お腹に針の跡があるな! 難しい釣り方したな」
「う、うん」
結局、この魚を釣ったのは僕ということになった。そして僕が初めて釣った魚の記念として作った魚拓は、今でも実家の倉庫でヒッソリと眠っている。
こうして振り返ると、元ヤンにありがちな悲惨な家庭環境どころか、温かい家庭で育ってきたことがわかる。では、道を踏み外した要因はなんなのか。次は自分自身の過去を振り返ってみよう。







