「今日から地獄を見るからな」福田健悟に浴びせた刑事の言葉

今日から地獄を見るからな。覚悟しておけよ
部屋の中は、子どもが遊んだあとのようにグチャグチャに荒らされていた。もしも、自分が本当に潔白なら、警察にクレームの電話を入れてもおかしくはない。自分が白ということを証明するためには、クレームを入れたほうが自然だ。結局、自然な行動を取れなかったのは黒だったからだ。こうして1つ1つの行動が矛盾を生じるようになった。
「覚えておけよ。タダじゃ済まさねーからな」
あのベテラン刑事の言葉が甦ってきた。動悸がする。薬を飲んでも落ち着かない。傷の舐め合いをするために、高崎に電話をしたが出なかった。やはり捕まったのだろうか。
三浦は事件から数日後には退院して、何事もなく日常を暮らしていた。アイツのところにも警察は来たのか。電話をして確認をしようとしたところに、4代目リーダーから電話がかかってきた。
「おぉ! 福田! 大丈夫だったか」
「はい。高崎は捕まったかもしれないです」
「そうみたいだな。三浦も連絡が取れないんだよ」
「そうなんですか」
「相手のリーダーも捕まったらしいぞ」
「え? じゃあ他の誰かが被害届けを出したってことですか?」
「たぶんな」
あの事件の首謀者で捕まっていないのは自分だけ。なぜだ。他のメンバーは口を割ったからか。だとすれば、抵抗し続ければ勝てる。あの程度の取り調べなら朝飯前だ。
1週間が経ち、2週間が経ち、何事もない日々が流れていった。目立った行動を避けていたのもあって、以前より穏やかな生活だった。そんな穏やかさの中でも、嵐の前の静けさのようなものを感じていたのは、ベテラン刑事の言葉があったからだ。
そして、前回の取り調べから1ヶ月が経とうとしていた頃。朝、目覚めるのと同時に、今度は祖母ではなく姉が部屋に入ってきた。
「けん! 警察」
今回は前回とは様子が違った。直感でベテラン刑事の言っていた言葉が、現実になったと確信した。2階の自分の部屋から1階に降りると、玄関には逮捕状を持った刑事が立っている。
罪状の読み上げが始まった。テレビで見たことのあるような場面だ。逮捕状があるということは、有罪の証拠を見つけたということ。思い当たるフシはない。家族は言葉を失っている。抵抗する間もなく手錠をかけられて、問答無用に車に乗せられた。両脇にはピッタリと2人の刑事がくっついている。
「どこ連れてくつもりだよ」
「黙れ」
雰囲気は最悪だ。空気は張り詰めている。長い沈黙。彼らも無駄な喋りはしない。途中で細い道に入ったときに前から対向車が来た。なにやらブツブツ文句を言っている。禍々しいオーラが気になって、後部座席から前を覗き込むと、対向車には40代くらいの女性が乗っていた。その女性に車内から罵声を飛ばす刑事たち。
「ったく、こんなとこ入ってくんじゃねーよ。どけどけ! 下がれよコラァ」
なんて口の悪い刑事だ。運転をしていた刑事はクラクションを鳴らし続けた。この警察車両は、一般車両と見分けがつかない。逮捕するときに近所の目を配慮してわからないようにしてくれた、というのは後に聞いた話だ。
それにしても、なんて連中だ。警察の皮を被ったチンピラだ。とんでもない輩に捕まってしまった。少しずつ恐怖心が煽られる。まさか荒いクラクションを鳴らした正体が警察だとは知らない対向車は、少しずつ後ろに下がって道を譲った。
前回と同じ警察署に着いて、中に入った。前回と違うのは手錠をかけられていること。交通課や生活安全課などを横目に、取調室へと向かった。職員たちの目は、逮捕された男を見る目だった。
「トイレは?」
「あぁ……行くよ」
手錠はそのまま。輪っかにくくりつけられている縄の端を持った刑事は、少し離れたところに立って目を離さない。しかも人が用を足している最中に、威圧的な言葉を放ってきた。
「今日から地獄を見るからな。覚悟しておけよ」
そして福田健悟の名前は「45」になった
気分は最悪だ。点と点が線になる。ベテラン刑事の言葉。ガラの悪い警察。今の言葉。これから待ち受ける困難を予想するのはたやすかった。手を洗って送風器で乾かした。
手錠の『ヂャラ』という音が耳につく。トイレから出て、取り調べ室に通された。もし違法な取り調べを受けたら、法律を盾にしよう。自白の強要は効力がない。
「なぁ、お前もう諦めろよ? やったんだろ?」
「やってねーっつってんだろ」
「そうか。じゃあ待ってろ」
意外にも早く部屋を出た。これなら前の取り調べのほうがキツかったくらいだ。若い刑事が部屋を出て、別の刑事が部屋に入ってきた。
その姿を見て、早く取り調べを終えた理由がわかった。身長約2メートル、体重約100キロの大男。安田さんのような身長で、体格はさらにデカい。髭面にパンチパーマで到底カタギには見えない。ドシンという音を立てて、椅子におもむろに座ってこう言った。
「どうしても認めねーのか?」
「……やりました」
大男は部屋を出ていった。ものすごい迫力だった。低い声と鋭い眼光の強烈な圧力。今まで会ったなかでも、群を抜いて力の差を感じた。まさに蛇に睨まれた蛙状態。さっきの刑事は、今の刑事にバトンタッチをすれば簡単に自供をすると思って代わったのだ。最初の刑事が部屋に入ってきて、机の上に紙を置いた。
「ここにサインしろ」
内容は以下の通り。
『解散届。11月20日を以ってギャングイーグルは解散とする』
もちろん筆は進まない。今まで歴代の先輩たちが大きくしたチームだ。自分の代で終わらせていいわけがない。だがサインをしないと罪が重くなる。こういう場所はどれだけ勾留されるのだろう。想像もつかない。1年なのか、2年なのか。長くなればなるほど、周りとの距離が離れてしまう。
もう無理だ。これ以上は強がれない。ペンを持った手は重たかったが、苦渋の決断をした。サインをすると、少し開いた取り調べ室の扉越しに、母の声が聞こえてきた。
「息子はどこですか? 会わせてください」
目が合った。不安そうな目をしている。
「お母さん、大丈夫ですから。落ち着いてください」
「大丈夫だから! 知り合いに弁護士いたら頼むわ」
ちっぽけなプライドだ。もう手遅れだ。どれだけ取り繕っても、全ては白日の下に晒される。諦めの気持ちと、開き直りの感情が入り乱れた。
取り調べ室から出て、別の場所に移動することになった。それなりに長時間の移動を強いられて、着いた場所は小ぢんまりした警察署だった。
さっきと同じように、交通課や生活安全課を横目に、今度は階段を上った。薄暗い廊下を真っ直ぐ進んで突き当たりのドアを開けると、一段と暗い場所に着いた。留置所だ。そこには警官が2人。1人は仏頂面。ここまで僕を連れてきた刑事が、仏頂面の警官に僕を引き渡して言った。
「お前は今日から45だ」







