「周りの大人を疑ってた」梁瀬鈴雅が母校を訪れて触れた「優しさ」

学生だった頃には見えなかった先生たちの姿
その後は白井先生と一緒に英語の先生に会いに行った。英語の先生とは日本語を使って話してはいけないという学校の方針があったので、英語が苦手な私はあまりその先生と喋ったことはなかった。それなのに、先生は私の顔を見るなりすぐに気づいてくれた。「日本語とEnglish、どちらがいいですか?」と聞かれ、反射的に「日本語で! 日本語でお願いします!」と食い気味に答えたのに、先生はにこっと笑って英語で話し始めた。
「Reiaの1年生のときの映像、見ていきますか?」たぶん英語でそんなことを言っていたのだと思うけど、自信はない。迷っていたら、先生が「すぐに出ますよ、名前で調べたら」と、今度は日本語で言ってくれた。お言葉に甘えて、少しだけ見せてもらうことにした。
映像には、先生の英語のインタビューに、生徒が1人ずつ答える姿が映っていた。私は名字が「梁瀬」なので一番最後だったが、先生は最初から再生した。
10年以上前の映像なんて、当時同じクラスだった私ですら誰が誰かわからないのに、画面に生徒が映るたびに、先生は迷いなく全員の名前を口にし、「この子は今高校で何部に入ってます」とか「この子は2年生のときこんなことがありましたね」と話してくれた。
映像を見終えたあと、先生は「梁瀬さんがセンターをしているMusic Video見ましたよ」と言われた。ただ覚えていただけでなく、今の私の姿まで見届けてくれていることに、胸の奥がじんわりと熱くなった。
それから校内を歩くたびに、懐かしい先生たちが次々と声をかけてくれた。その言葉のひとつひとつが、あの頃の記憶と今の自分を優しく繋いでいくようだった。中には、子どもの体調不良を仮病と疑ってしまった話を、日常の会話の中で何気なく話す先生もいた。そんな話が出てくることに驚いた。学生だった頃には見えなかった先生たちの姿。誰もが迷いながら、それでも真剣に子どもたちを見つめていてくれていたのだと思った。
時間になり、最後は白井先生とさいちゃんの2人に見送られ、昔と同じように握手をして学校を出た。
「辛くなったらまた…いや、いつだって辛いことばかりだと思うけど、気が向いたらいつだっておいで」
最後まで優しさに溢れていた。あのころと同じ帰り道を歩きながら、大人を嫌っていた自分を恥じた。すべての人を疑い、避けて、勝手に孤独だと思い込んでいたことも。そして、少し泣いた。

次回のHKT48 梁瀬鈴雅「鈴の音」は、12月末更新予定です お楽しみに!!
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- 写真 :
- 谷川 嘉啓













