
ドイツには、カトリックやプロテスタントの信者が納める「教会税」という制度がある。宗教は制度だけでなく、人々の人生の節目にも深く関わってきた。一方、近年は教会と人々との関係が大きく変わりつつあるという。ドイツ在住の川口マーン惠美が、その独特な宗教文化を見つめる。
※本記事は、川口マーン惠美×ヴィズマーラ恵子:著『誠実な日本人が信じるドイツ神話にイタリア幻想 -戦後81年目の答え合わせ-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

ナポレオンの時代に作られた「教会税」
ドイツの特徴のひとつとして挙げられるのが「教会税」です。住民届をする時、宗教を書く欄があって、そこにカトリックとかプロテスタントなどキリスト教の宗派を書くと、教会税を取られます。初めて留学生として住民登録をした時、何のことかわかっていなかった私は「仏教」と書いたので、何事もありませんでした。
ただ、キリスト教徒として登録している納税者は、所得税に上乗せする形で所得税額の8~9%を税務署に天引きされます。税率は、州によって若干の差があり、もちろん、高額所得者の場合は教会税が巨額になりすぎないよう、上限もあります。
19世紀の初め、プロイセンに勝ったナポレオンはドイツの多くの領土を奪いました。奪われた領主は教会に目をつけ、教会の財産を没収した。そして、教会側に財産没収の賠償金として継続的に何らかのお金を支払ったのが、教会税のそもそもの始まりでした。ただ、領主はこれを自分で工面したわけではなく、「教会の維持は信者が負担する」という枠組みを作り、信者から取り上げたのです。
ただ、その頃はまだ取りはぐれも多かったといいます。それを、全国的な制度として確立したのが、なんとヒトラーです。ヒトラーは政権樹立のわずか5カ月後、バチカンとライヒスコンコルダートという条約を締結。目的はもちろん、自分たちの政権にバチカンという権威のお墨付きをもらうこと。それによって、ドイツ国内の反ヒトラー勢力であったカトリックの中央党を無力化することです。
その見返りにヒトラーは、ドイツのカトリック教会が今後も教会税を徴収する権利を認めたため、バチカン側はヒトラーを容認し、条約締結に至ったといいます。こういう話を聞くと、宗教も「何だかなあ~」と思ってしまいます。
いずれにせよ、その後のナチ政権は、それまで地方ごとに異なっていた教会税を全国で統一し、さらに税務署が勝手に天引きできるようにしたので、取りはぐれもなくなった。
付け加えると、戦後、ヒトラーに関するものはすべて否定してきた新生ドイツですが、この教会税だけはしっかり残し、今も徴収しているわけです。特に長年政権を担ってきたキリスト教民主同盟(CDU)が熱心で、いまだに「何だかなあ~」です。
要するにドイツの教会はこれまで非常に豊かな財政基盤を持っていたわけですが、それが今、ガラガラと崩れつつあるのは、人々の宗教に対する意識の変化や高齢化といった時代の流れがある一方、完全に教会の自業自得と思われる要素もあります。
不祥事で進む信者離れと教会税の減少
まずは、カトリック教会の世界的な不祥事である幼児の性的虐待。これがあまりにも大きな社会問題となり、ドイツ出身のローマ教皇ベネディクト16世も批判の対象になりそうでした。2013年、それによほど嫌気がさしたのか、自ら生前退位をしてしまいました。「神の代理人」とも言われる教皇の、あたかもサラリーマンのような引退には違和感を感じた人も多かったと思います。

この巨大な不祥事のうち最近のものは、証拠も証人も揃っていたというのに、教会側の抵抗でなかなか検証も調査も進まなかった。そこで信者がどんどん離れるという現象が起きました。信者が離れるというのは、教会からの脱会で、教会税を払う義務もなくなります。
私がドイツに渡った1980年代と比べると、カトリックもプロテスタントも信者の数は半減。現在、カトリックとして登録している人が1900万人、プロテスタントが1740万人と言われます。最初、カトリック教会で暴露されたスキャンダルですが、そのうちプロテスタントも同じだったことがわかり、両教会とも痛手を受けています。要するにこれが、私が先ほど「自業自得」だといった意味です。いずれにせよ、教会税が半減していることは確かです。
かつてのドイツでは、教会から離脱すると、教会で結婚式を挙げてもらえなかったり、赤ちゃんの洗礼をしてもらえなかったりという制約がありました。そのため、役所だけでなく、教会でも式を挙げたいから教会に残るという人も多くいました。
ちなみにドイツでは、役所でも紙の提出だけではなく、結婚式用のきれいな部屋があり、お客も招くことができます。もちろん立会人も同席し、結婚の儀式に特化した役人が結構神妙に“結婚させて”くれます。この役人とは、事前に限られた時間をどう使うかの打ち合わせも行います。
私は新郎新婦に頼まれて、この場でピアノを弾いたこともあります。もちろん、役所の結婚式でも花嫁はたいていウェディングドレスを着ますが宗教的要素は介入しない。だから、希望する人は、この後、教会でも式を挙げるわけです。
ほんの少し前までは、宗派が違っただけでも結婚式を挙げてもらえず、片方が慌ててプロテスタントからカトリックに改宗したり、日本人の場合は慌てて洗礼を受けたりという話が山ほどありました。
しかし現在では、信者離れがあまりにも深刻化し、教会組織が追い詰められているため、教会側も生き残りのために必死です。教会から抜けた人や“異教徒”であっても問題なく結婚式を挙げてくれることが多くなりました。かつての厳格なルールなど風前の灯です。ただ、戸籍上の結婚は、役所ですれば何の問題もないわけですから、教会での結婚式なんてどうでもいいという人も増えています。これも時代の流れですね。
ただ、「教会から脱会すること(教会税の支払いをやめること)」と、「個人の内面で信仰を持つこと」は別問題ですから、脱会後も教会に行き信仰を持ち続けることは自由です。だから、脱会しても変わらずに信仰心を持っている人はたくさんいると思います。また、教会税は納めていても、信仰心の希薄な人もいます。
イタリア人がカトリックの普遍的権威を都合よく「政治利用」するリアリズムを持っていたのに対し、ドイツの人たちは、腐敗した教会に対抗して、信仰を教会から切り離して個人の良心の中に保つという、極めて合理的な選択をしたような気がします。
おそらく「国民国家の存在」と、「絶対的権威である教皇との物理的・政治的な距離」が、イタリアとの違いを生んだ。やはり歴史的な必然があった、ということです。











