「私の幸せは私が決める」売れない芸人に決意をさせた“女神”の言葉

「解散しよう」名前を取り戻すための決断
「俺の彼女シングルマザーでさ。仕事と家事を両立させて、頑張ってんだよ。その負担を少しでも減らしたいから、早く成功したいんだけどさ。もうちょっと、芸事に前向きになってくんねーかな?」
「お前の事情だろ?」
これでイライラせずに済む方法があったら、誰か教えてくれ。こう心の中で叫ばずにはいられないほど、苛立った。こんな気が立っている状態で、輝かしい人生を送れるはずがない。
このときにわかった。野口徹郎が言っていた「誰と付き合うかを考えるべきだ」という忠告は、小山のことを指していたのだ。マナミと一緒にいるときは、幸せな気持ちでいられるが、小山と一緒にいるとストレスが溜まる。彼女に電話をして、気を鎮めることにした。
「それで、ネタ合わせはどうだった?」
「ちょっと言い合いになってさ……」
「そっか。小山くんヤル気ないのかな。わかってくれるといいけど。じゃあ、明日も早いから、そろそろ寝るね。おやすみ。45」
返事をするのも忘れて、電話を持ったまま立ち尽くしていた。「45」。今まで誰にそう呼ばれても、なんとも思わなかった。解散を繰り返していた自分を変えたくて、人間関係を学ぶために、番号で呼ばれるかどうかを意識していたのは事実。それ以外に、名前を取り戻す理由はなかった。番号で呼ばれても、名前で呼ばれても、僕は僕。
なのに、彼女に番号で呼ばれて、胸が苦しくなったのはなんでだ? 相方だけが名前で呼ばれて、自分だけ番号で呼ばれたことが悔しかったのか? それもある。彼女の特別でありたかった。たかが呼び方だが、呼び方が違うだけで、感じ方は変わる。親しくない人に呼び捨てにされるのはイヤだが、親しい人に急に“さん付け”で呼ばれたら、寂しくなるのと同じだ。
彼女は、僕の人間っぽいところを好きだと言ってくれた。そんな彼女に、番号で呼ばれてしまった。考えてみれば、留置所での暮らしには、人間らしさのカケラもなかった。風呂は1週間に1回。薄暗い場所で、10時間以上も黙って滞在していなければならない。
さかのぼれば、不良に憧れて道を踏み外し始めたときから、人間らしさを失っていた。故意に人を傷つけて、幸せでいられるはずがない。自ら幸せを遠ざけるような生き方は、不自然な人生なのだ。
「この更生プログラムで、名前を失う理由はなんですか?」
この質問に、野口徹朗はこう答えた。「ヒントは愛だ」と。あのときは、なんで答えを教えてくれなかったのかわからなかったが、今ならわかる。この質問の答えは、頭で理解するものではなく、経験で理解するものだったのだ。
「解散しよう」
今は名前を取り戻すことを、最優先にしたい。それが芸人としての成功に関わってくるなら、なおさらだ。漫才をするために相方を必要としていたが、執着するのはもう止めよう。人を笑顔にできるなら、形にはこだわらなくていい。こうして、3年間のコンビ関係に終止符を打つことにした。あと1回のライブで終わり。解散前に決まっていたライブには、出なければならない。本番当日。舞台袖で、小山が話しかけてきた。
「今日は最後だから、頑張っていこう」
「おう。じゃあいくか」
客席からはわからなかったと思うが、僕は目に涙を浮かべていた。本番前に話しかけられたのは、初めてのこと。なんだかんだ言って、3年間ずっと一緒にやってきただけのことはある。皮肉にも、今までで一番の笑いが起きた。出番終わりに、僕のほうから声をかけた。
「飯でも行くか!」
「いや、仕事。仕事」
やはり、解散は正解だった。こういうところがイヤで、コンビを組んでいたくないと思ったのだ。忘れていた。
これからは1人で、養成所のときにやっていたネタをやるしかない。解散後はすぐにライブに復帰した。ネタの反応はまずまず。それよりも、舞台の最後にエピソードトークを披露するコーナーのほうが、力を発揮することができた。バイト先が運良くエピソードの宝庫で、話のネタが尽きることがなかったからだ。







