彼女へのプロポーズに燃える福田にかかってきた母親からの悲痛な電話

芸人としての成功と更生プログラムの終了は同時期に
「ただいま」
「おかえり〜……あれ、どうしたの? その傷」
「あ、あぁ、これ転んじゃった」
「そうなの?」
そう言って、マナミはチラッとコッチを見た。僕たちが、2人で一緒にいることが不思議そうだ。たまたま帰り道で一緒になったことを報告すると、安心した表情でリビングに案内してくれた。
「これ、楽屋弁当。マネージャーさんが、2人にも持っていくように言ってくれてさ」
「えー! 良かったねぇ! 翔吾」
昼ご飯を食べたあとで、夕飯の準備はまだだった。夜になって、3人で弁当を食べながら食卓を囲んでいる時間は、本当の家族のようだった。なによりも翔吾の様子が今までと違いすぎて、マナミは何度も僕の顔を見て、目を真ん丸にしていた。
「え、それで? それで? 相方さんと、健ちゃんは仲良いの?」
「け、健ちゃん!?」
当然のリアクションだ。今日の収録で一緒だった芸人さんを含めても、一番の反応だった。天変地異でも起きたような顔をしていて、最初は驚きを隠せない様子だったが、徐々に納得をした表情になった。
おそらくマナミは、翔吾が芸人を好きだと知っていた。今までは、僕に懐いていなかったから、気を遣って言わなかったのだろう。僕に対する態度が変わったのは、テレビ出演がキッカケだと思ったに違いない。2人に名前で呼ばれて、気分は有頂天だった。
前はマナミの彼氏として、愛する彼女に名前で呼ばれたいという願望が強かった。今は翔吾の父親になる存在として、名前を取り戻さなければいけない、という責務を強く感じている。
翔吾は中学生になって体は大きいが、中身はまだまだ子ども。純粋で、汚れもない。これから壁にぶつかって、何かで思い悩むことがあったら、助けてあげたい。頼りになる存在でありたい。
さんまさんの真似をして、翔吾の心を開こうとしていたが、間違っていた。僕と翔吾の関係性は、僕たちにしかわからない喜びや、葛藤がある。他の人の影を追いかけるのではなく、本人同士が向かい合って、2人の方法で打ち解けるべきだったのだ。
僕は彼の父親になる。血の繋がりなんて、関係ない。愛おしく感じている。この気持ちが全てだ。結婚をしたあとで、急に父親になるわけじゃない。ただ、名前を完全に取り戻すまでは、胸を張って父親になることはできない。
収入も今のままじゃ不安定だ。放送日は2ヶ月後。これを機に、他の仕事が決まって、2人を養っていけるくらい稼げればいいが。そうなったときに初めて、僕はマナミにプロポーズをすることができる。そのときに、名前を取り戻せているかどうかはわからないが、根拠のない自信があった。芸人としての成功と、更生プログラムの終了は同時期にやってくる、と。
世間に迷惑をかけてきた僕が、多くの人たちを笑顔にできるようになればなるほど、人のことを考えられる人間へと、成長することができたということになる。芸人を志すと決めたときに、野口徹郎は言った。
「お笑い芸人を目指したら、名前を取り戻すうえでは、遠回りになりますよ」
あのときは、誰に何を言われようが、芸人になるつもりだった。彼は僕の意志を試したのだろうか。なにはともあれ、自分を信じて良かった。食事を済ませて、家に帰ったあとで、大志と電話をした。
「放送では、全部カットされてたりしてな」
これは、コイツなりの『頑張って』というメッセージだ。話に聞き耳を立てている様子でわかる。お笑いが好きなのは、昔から変わっていない。翌日もバイト先に行くと、店長や従業員や常連客のみんなが、興味津々に収録の話を聞いてくれた。
人によっては、無関心な人もいる。仕方ない。喜んでくれるのは、心から僕のことを応援してくれている人だけ。そうじゃない人にとっては、幸せなだけの話をされても、面白くないと思うのは当然だ。







