「たくさんいる人の中から出会い、いつの間にかお互いの人生の一部になっている。」

圧倒されたのは数字だけではなく時間と気持ち
家に帰ってから、参加券の枚数を計算した。画面に表示された金額を見た瞬間、息が詰まった。私は、それに見合うものを返せなかった。
リビングでしばらく呆然としていた。でも、母から声をかけられた瞬間、張り詰めていた糸が切れたように涙が止まらなくなった。活動を始めてから、初めてのことだった。
ついこの間まで普通の一般人だった私一人のために、こんなにも大きなものが動いているという事実。その応援の重さみたいなものに、私はただただ圧倒されたのだと思う。

でも、今振り返ると、私が本当に圧倒されたのは、そこに表示された数字だけではなく、その数分のために、その人が作ってくれた時間。楽しみにしてくれていた気持ち。その背景にある、その人自身の日常の一部を、私に向けてくれたことだった。
当時の私は、まだその重さを全部受け止められるほどの余裕がなかったのだと思う。
私の知らない日常、それぞれの人生
それからしばらくして、「鈴雅さんに会うために、バイトを頑張って来ました。」
と話してくれた高校一年生の女の子がいた。
その子が私に会うために、どれだけの時間をかけてくれたのか。放課後に働いて、その先の私との数分を楽しみにしてくれていたのだろうか。
そう思うと、胸がいっぱいになった。でも、それはその子だけじゃない。
私が会えるのは、その人のほんの数分だけ。でも、その向こうには、それぞれの人生があって、私の知らない日常がある。
それぞれの毎日を生きた先で、私との数分を選んでくれる。遠く離れた場所から何時間もかけて来てくれる人もいる。忙しい毎日の合間に予定を合わせてくれる人もいる。体調が優れない中でも、「会いに行きたい」と思って外へ出るきっかけにしてくれた人もいる。
その先で「会いに来たよ」と笑ってくれる。そのことが、どれだけ尊いことなのか。私は少しずつ知っていった。
気づけば、客席や画面の向こうを想像することが増えた。

毎日のように返信をくれていた人が、一日見えないだけで、すぐに気付く。「忙しいだけかな。」そう思いながらも、何度もSNSを開いてしまう。
劇場でいつも見かける人の姿がない日は、ここに来るまでに、何かあったのかな。元気にしているかな。と気になってしまう。
お話し会で、いつも通り笑っているように見えても、どこか元気がなさそうに感じる日。もちろん、私の気のせいかもしれない。それでも、「何かあったのかな」「私のせいだったのかな」と考えてしまう。
次にまたいつも通りの笑顔で会えたときは、それだけで勝手に安心している自分に驚いた。
家族でもない。友達でもない。私たちをつないでいるのは、「アイドル」と「ファン」という関係だけ。
それでも、会えない日は気になってしまうし、元気でいてほしいと、笑って過ごしていて欲しいと願ってしまう。
そんな気持ちになるなんて、アイドルになる前の私は知らなかった。
だけど、それはきっと私だけじゃない。ファンの人も同じように、私の知らない毎日の中で私のことを想ってくれているだろう。
- 写真 :
- 谷川 嘉啓













