傲慢な新店長と口喧嘩! それは「名前」で呼ばれるための正しい行動だった

間違っていたのは自分だった――謎が解けていく
翌日。バイトは休み。久しぶりに中学の先輩と会うことになった。定食屋に行って、僕はヒレカツで先輩はトンカツを注文した。料理が運ばれてくると、トンカツの中には髪の毛が入っていた。というより、入っていたレベルをはるかに通り越して、絡まっていた。髪の毛を引っ張ったら、三切れくらい持ち上がってしまうほど。
「すいません。これ……」
穏やかな言い方をしている。さすがだ。ただ僕も昨日は、最初から荒々しい言い方をしたわけではない。相手の度重なる不祥事に痺れを切らしたのだ。しばらくすると、代わりのトンカツが運ばれてきた。食べ終わって店を出ようとしたら、突然、デザートが運ばれてきた。
「すみません。お詫びの品でございます」
素晴らしいサービスだ。こういうサービスがあると、髪の毛のことも忘れられる。そう思っていたとき、デザートの中にも髪の毛が入っているのを発見した。苦笑いをする先輩。さすがに怒るのかと思いきや、注意をせずにスッと髪の毛をとって、一部分だけデザートを残して席を立った。
なるほど。髪の毛が触れていたのは、一部分だけ。全く手をつけずに帰ったら、店側に与えるダメージはデカい。かといって、髪の毛が触れていた部分を食べるのは気持ち悪い。一部分だけ残して帰るぶんには、口に合わなかっただけだと思うだろう。
大人の対応を見せてくれた先輩に、感心をしながら帰っていると、目の前に財布が落ちているのを発見した。たまたま近くに交番があったこともあって、財布を届けて家に帰った。
「おかえり、健悟」
良いことをすれば、名前で呼ばれる。何も不思議なことではない。思い返すと、前に現金3000円が入った財布を届けたとき、名前は戻らなかった。今回は中身を確認しなかったが、多額だったのだろうか。
ここで1つ気づいたことがある。以前の僕は、交番に届けるか否かを、金額次第で決めようとしていたのかもしれない。そうじゃなかったら、中身を確認しなかったはずだ。今までのことを振り返ると、謎が解けていく。
一度は諦めた名前奪回計画。それは良いことをしても報われないと思っていたからだ。そもそも、考え方が間違っていた。このルールを考えた相手を疑っていたが、間違っていたのは自分だった。このルールは、見事なタペストリーの上で成り立っているのだ。
新しい店長に正しいと思うことを真正面からぶつけてみた
「今までありがとうございました」
店長と池本さんが、他の店に移動することになった。池本さんには世話になった。ご飯に連れて行ってもらったのも、1回や2回ではない。そのときに、本心を探ろうと質問攻めにしたことがある。あれほど率直に物が言えるのはナゼなのか。全ては計算していたのか。
「そんなことあったっけ?」
照れ隠しなのか本心なのかはわからなかったが、受け流されてしまったのは明らかだ。最後にみんなで送別会をして、感謝の気持ちを伝えた。青果部門のチーフには川田くんが昇進。店長は新しい人に代わった。
新しい店長に挨拶がてら話すと、本が好きだということがわかった。共通の趣味を持っていたこともあって、馬が合った。1番好きな本も同じ。内容は、思いやりを持つ大切さや、悪口や不満を言わない大切さなどが書かれている。上の立場の人が、本に書かれていることを実践したら、素晴らしい店になると期待をしていた。
しかし、この期待はいとも簡単に崩れ去ることになる。2~3ヶ月経つと、最初とは違って傲慢さが目立つようになった。自分に逆らう者は徹底的に排除して、アゴで人を使ってふんぞり返る。その姿勢は、僕にも向けられた。
「おい、福田。雪かきしてこい」
雪かきが必要なのはわかるが、自分は事務所の椅子に座って、タバコを吸っているだけ。たまに様子を見に来ては、文句を言う。傘もささないように言われて、全身ビチャビチャになりながら雪かきを終えた。
「よし。じゃあ、次はトイレ掃除やってこい」
イライラはピークに達していたが、今キレてしまっては過去の自分と変わらない。歯を食いしばりながら、トイレ掃除をした。そのあとは倉庫の整理。僕が雑用をやっているあいだに、野菜売り場がてんてこ舞いになってもおかまいなし。百歩譲って誰かがフォローに入ればいいが、誰もフォローに入れない。
こんな扱いを受けていたのは、僕だけではない。店中の従業員が納得していなかった。怒りのやり場がなく、誰もいない所まで行って、ダンボールを床に投げつけた。その一部始終を店長に見られて、怒りの形相で近寄ってきた。
「なんだ! その態度は!!」
「お言葉ですけど、本の内容とは全く違う生き方じゃないですか?」
「あぁ?」
「あの本には、綺麗な言葉を使うことが大切って書いてましたよ。でも店長は、裏で人の悪口ばっかり言ってるじゃないですか」
「オイ、誰に向かって口を聞いてんだ」
「店長ですよ。店長が売場で“いらっしゃいませ”も言わないのは、なんでなんですか? 偉い人なのは知ってますけど、一番偉いなのはお客さんですよね?」
「お前にそんなこと言われたくねーんだよ」
「ここは僕の地元のスーパーなんですよ。お客さんの不満の声は嫌でも聞こえてくるんですよ」
「うるせーよ」
「わかりました。じゃあ今から売り場に行って、お客さんにそう伝えてきます」
僕は走って売り場に向かった。後ろから追いかけてくる音が聞こえる。開きかけていたバックヤードの扉まであと少し、その時、店長は僕を呼び止めた。
「待て。俺とお前は言い合いをした。でも考えてくれ。こうしている今も、地球は回っている。今日のことは白紙にしよう」
かなり強引な申し出だとは思ったが、立場のある人をこれ以上やり込めても仕方がないと思って、承諾をした。
店長が事務所に戻ったあとで、全てを見ていたパートさんが、心配そうに声をかけてくれた。
「大丈夫だった? 福ちゃん。さっき言い合いしてたみたいだけど」
池本さんから教わったことが、正しかったと証明された瞬間だった。
名前で呼ばれた。
池本さんは、相手が上の立場であろうが下の立場であろうが、正しいと思ったことは理路整然と伝える。今までの僕なら、相手が上の立場の場合は、陰で文句を言っていた。それは、上の立場の人に強気な発言をすると、自分の立場が危うくなるからだ。でも本当に正しければ、立場が危うくなることはない。
事実、この一件があってから店長とは和解をした。これを機に、日常生活でも『45』と呼ばれることは、ピタッとなくなった。
コンビ解散を繰り返し…バイトを通してコミュ力を高めることにした | 「45」 | WANI BOOKS Newsクランチ!(ニュースクランチ!)
お笑い芸人・福田健悟が綴る、自伝的ファンタジー小説。繰り返す解散…福田は欠落したコミュニケーション能力を養うために、スーパーでのアルバイトを始めることにした。








