ドイツとイタリアが直面する移民政策と外国人労働の課題
誠実な日本人が信じるドイツ神話にイタリア幻想

外国人労働力が欠かせない一方、違法な労働仲介や非正規就労が深刻な課題となっているイタリア。その実情は、移民政策をめぐる議論が続くドイツや日本に何を問いかけるのか。ドイツ在住の著作家・川口マーン惠美氏と、イタリア在住のコラムニスト・ヴィズマーラ恵子氏が、受け入れ政策と外国人労働の課題を語り合う。
※本記事は、川口マーン惠美×ヴィズマーラ恵子:著『誠実な日本人が信じるドイツ神話にイタリア幻想 -戦後81年目の答え合わせ-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

なぜドイツはイタリアから学ばなかったのか
川口マーン惠美:ウィズマーラさんの『イタリアからの警告』(ワック:刊)を読むと、移民の実態がドイツと予想以上に似ていて驚きます。
私はこれまで、ドイツの移民・難民政策の混乱を見ながら、「なぜ日本はその失敗例をきちんと見ようとしないのだろう」と感じていました。実際、ドイツでは治安や社会統合、福祉負担など、さまざまな問題が表面化しています。
しかし、実際には地理的に地中海の玄関口であるイタリアのほうがドイツよりも早い段階から、すでに同じ問題に直面し、その最前線に立たされ続けていたわけです。
だから、今、感じているのは、なぜドイツはその現実を十分に学ばないまま、同じ道をたどってしまったのかということ。
そして今、日本もまた欧州の状況を十分検証しないまま、同じ方向へ進もうとしている。もちろん人道的配慮は必要ですが、一方で、これをしたら、どういう結果になるかを推測するために現実に何が起きているのかを冷静に見る視点が絶対に必要です。その意味でも、ヴィズマーラさんの御本はとても考えさせられる内容でした。
移民労働者を搾取するイタリアの「カポララート」
ヴィズマーラ恵子:ありがとうございます。イタリアの移民問題を考えるとき、よくフランスと比較されます。フランスでは移民が集中する郊外地域、いわゆる「ゲットー化」が社会問題となっており、治安や統合政策をめぐる議論が続いています。
イタリアでも、政府の「外国人労働者受け入れ枠制度」の機能不全や複雑な手続きにより、多くの移民が合法的に働く手段を失い、不法労働に追いやられています。
その結果、「カポララート」と呼ばれる違法仲介業者が、正式な契約を結ばずに移民を農場主に低賃金で供給し、賃金の一部を仲介料として搾取するシステムが拡大しています。
カポララートは単に仕事を斡旋(あっせん)するだけでなく、移民たちから食料代や粗末な住居費、さらには交通費まで上乗せして巻き上げる悪質なネットワークを構築しており、日常的な差別や虐待のリスクを生み出しているのです。
労働時間は朝から晩まで日12時間にも及びますが、日当はわずか20ユーロ(約3200円)にすぎません。ひどいときには1日3~4ユーロという、信じがたいほどの低報酬で過酷な季節労働を強(し)いられることもあるといいます。
首都ローマのテルミニ駅周辺などはエリトリアやソマリア出身の移民が集中し「リトル・アフリカ」と呼ばれています。夜間には数百人規模の人が路上生活を送り、衛生状態は悪化。犯罪率は市内平均の2倍に達し、商店の7割が移民によって運営され、イタリア語を話す住民が少数派となる事態が起きています。

プーリア州やカラブリア州などでは、アフリカ系移民らが密集する「ゲットー」が広がっています。彼らは廃工場やプラスチックシートで造られた仮設住居(テント)に、50人以上がぎゅうぎゅう詰めの雑魚寝(ざこね)状態という暮らしを強いられているのです。
過酷な労働と不衛生な住環境により、感染症の蔓延や慢性的な疲労、栄養失調、皮膚病などに苦しむ人がとても多い。しかし、彼らは不法就労状態にあるため、公的な医療機関にアクセスすることも困難な状況に置かれています。
この過酷な環境は実際に命が奪われる事態にも発展しているのです。2023年にはインド人農作業員が熱中症で死亡する事件が発生し、その労働環境の非人間性が国際的に露呈することとなりました。このように、安価な労働力を求める経済界の需要と制度の欠陥の隙間で、移民たちは人間としての尊厳や法的保護を完全に奪われ、使い捨ての労働力として絶望的な生活を強いられているのが実態です。
外国人労働者への依存が高まるイタリア経済
ヴィズマーラ恵子:その一方で深刻な人手不足という現実も抱えています。私がイタリアに住み始めた頃は、移民政策に対して非常に批判的でした。特にメローニ政権以前の左派政権時代には、どれだけの移民が入国しているのかさえ正確に把握されていない状況がありました。統計が十分に整備されておらず、実態が見えにくかったのです。
ところが近年は、入国者数だけでなく、国籍や年齢なども含めて詳細なデータが取られるようになりました。その結果、以前から存在していた移民の実態が数字として可視化されるようになったのです。たとえば、イタリアに定着している外国人数は約542万人(ISTAT、2025年1月時点)で、総人口の約9.2%を占めています。
しかし、それを見た一部の人々は「移民が急増した」と受け止めました。実際には急増したというより、それまで見えていなかった数字が表に出てきただけという側面もあります。
現在のイタリアでも、合法・非合法を含む外国人の年間入国者数は40万人を超える規模に達しています。これはイタリアにとって決して小さな数字ではありません。しかし、その多くは企業や産業界が必要としている労働力です。
農業、建設業、介護、ITなど、多くの分野で人手不足が深刻化しており、正規の手続きを経て入国する技能者や専門職が求められています。メローニ政権もこうした合法的な移民の受け入れは続けているのです。
一方で、不法入国や不法滞在に対しては非常に厳しい姿勢をとっています。難民船で地中海を渡ってきた人々への対応や、滞在資格を持たない外国人への取り締まりは強化されました。
また、軽微な犯罪者であっても滞在許可の更新が認められないケースが増えています。
私自身もイタリアに住む外国人、つまり広い意味では移民の一人です。そのため、「移民」を一括(ひとくく)りにする議論には違和感があります。正規の手続きを経て生活している外国人と、不法入国や犯罪組織と結びついた移民問題は、本来分けて考えるべきです。
実際、近年は外国人がイタリアで生活するための条件も厳しくなっています。以前は一定の条件下で免除されていた「イタリア語能力の証明」も求められるようになり、長年暮らしている外国人であっても、より厳格な審査を受けるケースが増えています。
こうした変化の背景には、長年にわたる移民政策の混乱を立て直そうという意図があります。
メローニ政権は発足以来、まず既存制度の見直しや法改正に多くの時間を費やしてきました。メローニ支持者から見れば、この数年間は新しい政策を実行するというより、過去の制度の修復作業に追われていた期間だったと言えるでしょう。
その過程では大規模な抗議活動やデモも繰り返し行われました。なかには暴力行為や公共施設への破壊行為に発展したケースもあり、移民問題をめぐるイタリア社会の対立の深さを物語っています。
イタリアが現在直面している課題は、移民を全面的に受け入れるか拒否するかという単純な二択ではありません。必要な人材を受け入れながら、社会秩序や法制度を維持する。そのバランスをどのように取るかが、今後の大きな課題になっているのです。
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- ©Photo Beto/iStock












