今回の事件が日本の要人警護体制を見直すきっかけに

今回のトランプ暗殺未遂事件にかかわるSSによる警護措置で、成功例として見習うべき教訓や、失敗例としてその背後に見られる教訓をいくつか提示しよう。

本事件では、狙撃に気がついたトランプ前大統領は、直ぐに現場にしゃがみ込んで姿勢を低くして、攻撃可能面積を狭くしていた。これは常日頃から、狙撃を受けたときの自衛行動として、SSが警護対象者に教育しているものだ。

この自衛行動は、本事件では結果に違いを生じませんでしたが、安倍元首相暗殺事件で、仮に、安倍元首相が1発目の狙撃を受けたあとに、すぐ姿勢を低くしていたとしたら、結果は違ったものになっていた可能性はある。この点は、警察庁の報告書にはなかったが、その後、警護対象者に対する教育訓練をするなど、被害極限の努力をしているのだろうか。

身辺警護チームは、警護対象者を守るためにリーダーを中心に一体として機能する必要があり、今回のSS身辺警護チーム6~7人は、狙撃発生後、教科書通りに一体的に機能したと評価できる。一体的に機能するには、チーム構成員が互いをよく知って自然とチームワークが発揮できる態勢になっていることが重要。そのうえで、符牒などを使用して警護無線を駆使する必要もある。

我が国の警護の実態を見ると、安倍元首相暗殺事件や岸田首相暗殺未遂事件の際にも、身辺警護チームは、警視庁SPと現地県警察警護員のアドホックな混成チームで、リーダーを中心に一体的に機能したとは言えない状況であった。両事案とも、このようなアドホックの混成チームの弱点が露呈したと言えるだろう。今後もアドホックな混成チームでの警護を基本とするのであれば、チームワーク確保のために相当の努力が必要だろう。

また、安倍元首相暗殺の報告書によれば、身辺警護チームは警護無線を使いこなしていなかったが、具体的にどう改善するのか、対策は実施されているのだろうか。

今回の事案でも明白になったが、身辺警護員の主要な任務は、警護対象者に対する攻撃を体で受け止めることであり、正に「盾」となることが求められる。映像で見る限り、SS身辺警護員は防弾チョッキを着用しており、他方、我が国で多用されている防弾板は見られなかった。とっさの場合には、防弾板を開いているよりも、防弾チョッキ着用の身辺警護員が覆い被さったほうが、早くて防護範囲も広いのは明らかだ。我が国でも、防弾チョッキと防弾板の使用方法を検討すべきだろう。

今回の暗殺未遂事件で抜かりがあった点の1つは、狙撃犯人が上った建物の屋根上に対する警戒措置だった。本来であれば、現地警察官を同屋根上に配置していたり、その他の警戒措置で、狙撃可能な建物の屋根上に上る行為を阻止する必要があった。

また、不審な動きを探知した際には、即座にSSに通報すれば、SSは警護対象者を避難させるなりの措置を臨機応変に取ることもできる。しかし、今回、地元警察は必要な警戒措置や通報措置を採ることができなかった。目撃者によれば、自動小銃を持った男が屋根にいると地元警察官に知らせたけれど、当該警察官はオタオタしていたと語っている。

先着サイトエージェントと現地警察との調整の不手際か、現地警察の怠慢かはわからないが、専門家の先着サイトエージェントが現地に滞在して関係機関と調整をしていても、このように失態は起きてしまう。先着サイトエージェント制を採らずに、遠隔の東京からの書面指導だけでは、その有効性は余り高いものとは言えない。我が国でも工夫をする必要があるだろう。(なお、可哀そうだが、今回のサイトエージェントは左遷されることになるだろう)

抜かりがあった点のもう1つは、SS対狙撃班の対応だ。現地の地形を見ると、狙撃場所となった建造物屋上は、SS対狙撃班が陣取った至近の建造物の他では、警護対象者から120~130メートルと最も近い狙撃の適地だった。したがってSS対狙撃班は、この建造物に対する警戒を怠ってはならないはずだ。

ところが、狙撃犯人に約3発も発射されてしまっている。仮に傾斜のある屋根の死角に入って見つけ難い場所であったのであれば、それは事前実査の際に探知して、しかるべき対策を採っていなければならなかった。

また、対狙撃班は、攻撃者を未然に狙撃して抑止するほかに、異常動向を身辺警護チームの責任者に無線で通報して、警護対象者を安全な場所に異動させる方途も持っている。現時点では、その無線通報をした形跡は見られていない。

SSのように高い能力の対狙撃班を保持していても、万全とはならずに抜かりは生まれてしまう。我が国の場合、狙撃対策はどうなっているか、特に中小県警での対策はどうなっているか心配だ。

安倍元首相暗殺事件においては、緊急治療が可能な病院までの搬送に時間を要しており、事件後に発表された警察庁報告書では、警護対象者が受傷した場合の緊急治療について言及がなかった。

今回のトランプ前大統領暗殺未遂事件では、幸い軽傷で済みはしたが、SSは瀕死の重傷を負った場合も想定した備えをしている。我が国では、現在、この緊急病院や緊急治療の準備はしているのだろうか。いま一度、我が国の要人警護体制を見直す必要があるだろう。

※本記事は、『茂田忠良インテリジェンス研究室』(https://shigetatadayoshi.com)より一部を抜粋編集したものです。