社会の闇と呼ばれるアンダーグラウンドを25年以上も取材し、数多くの著作を発表している作家の村田らむ。取材の現場で命の危険を感じたことなど何度もある。しかし、彼が一番恐怖を感じた瞬間は、理解不能な人間の狂気に出会ったときだった……。世の中の闇に精通する筆者が綴る、思わず背筋が凍る人怖(ヒトコワ)物語。

遠い昔の出来事のように思える「村八分」。しかし、現代にもその忌まわしい風習はしっかり残っているようで……。

※本記事は、村田らむ:著『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房:)より一部を抜粋編集したものです。

イジメをしてきたのは生徒ではなく先生

大阪の知り合いに「友達が村八分にあっていて、ちょっと話を聞きに行くけど、ついてきますか?」と言われた。

場所は、兵庫県のかなり深い山の中だった。小さい集落で、ポツリポツリと離れた場所に家が建っている。大きなお店は見当たらず、買い物をするのにも自動車が必要な場所だ。

村八分に合っているというOさんは25歳の男性で、70代の父親と2人暮らしをしていた。

自宅はかなり広い一軒家だった。パっと見ただけだと快適な田舎暮らしのようだが、2人の表情は暗く沈んでいた。

「この村には母が病気になって、その療養のために引っ越してきました。当時、僕はまだ小学生だったのですが猛烈なイジメに遭いました。イジメというと子ども同士のものと思われるかもしれませんが、イジメをしてきたのは先生でした」

Oさんは、淡々と話しだす。

「まず、教室に僕の机はありませんでした。転校してきてすぐ、先生からは廊下で授業を受けるように言われました。それからずっと、僕は廊下で授業を受けていました。教師にはことあるごとに『お前はバカだ。死ね』となじられていました。そして村で悪いことがあると、すべて僕のせいになりました。例えば、万引きがあると校長室に呼ばれて全教師に一斉に詰め寄られました。僕が『やっていません』と言ってもまったく聞く耳持たずで、強引に濡れ衣を着せられました」

▲イジメをしてきたのは生徒ではなく先生 イメージ:enterFrame / PIXTA

表情も変えずに壮絶な体験を語る姿に、少し恐怖を抱きながらも話の続きを聞く。

「大人になったあとも、僕の立場は変わりませんでした。村で放火や車上荒らしがあったときも、すべて僕のせいになりました。もちろんイジメの標的になっているのは僕だけではありません。僕の父や亡くなった母も含めて嫌がらせの対象になっていました。町内会には当たり前に参加させてもらえません。庭先や倉庫に置いていたものは、盗まれたり壊されたりしました」

村八分の原因を聞いて絶句

そもそも嫌がらせが始まったのは、何が原因だったのか? 尋ねると、Oさんはさらに鬱々とした表情になった。

「そもそもの原因は犬を飼ったことですね。この村では戦後、貧しかったので犬を飼ってはいけないという暗黙のルールがあったんです。僕たちはそんなこと知らないので、犬を飼いました」

先の大戦が終わってもう70年以上の歳月が流れている。戦後はみんな貧しかったから、犬を飼ってはいけないっていうルールがあったのも仕方がないが、現在もそれに従っているのはおかしいと思う。

俺がそう話すと、Oさんの父親は少し笑った。

「戦後と言っても、第二次世界大戦のことではないです。第一次世界大戦でも日清・日露戦争でもありません。もっとずっと前の“大和と出雲の戦い”です。出雲が負けて以来ずっと明治時代まで、この地域は年貢が高く、とても娯楽で犬を飼えるような経済状態ではなかったそうです。だから、村では“四本足のモノは飼ってはいけない”というルールがありました」

▲村八分の原因は犬を飼ったことだった イメージ:olko21393 / PIXTA

二の句が継げなかった。

大和と出雲の争いといえば、古事記や日本書紀に描かれる、神代の戦争だ。だいたい5世紀ごろと言われるが、詳細はわかっていない。そんなはるか昔の戦争の影響が現代まで続いているとは、にわかには信じられなかった。

唖然としていると、Oさんは続きを話し始めた。

「数年前に母が亡くなってから、より村八分は激しくなりました。家賃未納をでっちあげられて、90万円の請求書が届きました。もちろんそんなお金を払う義務はないし、そもそも90万円もお金がありません。仕方なく裁判をすることにしました。すると、飼っていた犬が毒殺されました。昨日まではピンピンしていたのに、泡を吹いて死んでいたんです。そして、犬の隣で育てていた子猫は踏み殺されていました」

犬が毒殺されて、猫が踏み殺された。

Oさんがアッサリと口にした話に事態の深刻さを感じた。

「それで、もう僕たちは怖くなって引っ越そうということになりました。隣村に家を借りて、そこに引っ越すことにしました。しかし父と2人でその家に行くと、家の前には隣村の村民が並んでいて『お前らまともにここに入れると思ってるのか?』『気狂いの一家が住める場所はないぞ!!』と一斉に罵られました。すでに村八分は隣町まで及んでいて、とても引っ越せる状態ではなかったんです」

しかし、村民はそもそもOさん一家を村から追い出したかったはずだ。隣村に手を回して引っ越しをさせないようにするというのがよくわからない。実際、Oさんは村にとどまるしかなくなっている。

「村民は僕らが自殺するのを待ってると思うんですよ。追い込んで、追い込んで……」

そんなOさんの鬱々たる表情に続き「まあ、うちには猟銃があるんでね。やられる前には、やってやろうと思ってますよ」と、Oさんのお父さんは好戦的な顔で言った。