咬む犬に対するしつけに関しては、さまざまな俗説が聞かれます。「咬む犬には上下関係を教えないといけない」「リーダーウォークが大切」「咬まれたら、手を口の中に押し込め!」このようなアドバイスは、本当に咬む行動を解決できるのでしょうか?「動物の精神科医」とも呼ばれる獣医行動診療科認定医が、犬の脳とココロのしくみを解説することで咬みグセ(攻撃行動)の原因にアプローチし、解決方法のヒントを提示します。

※本記事は、奥田順之:著『“動物の精神科医”が教える 犬の咬みグセ解決塾』(ワニブックス刊)より、一部を抜粋編集したものです。

迷信はオオカミの行動研究から生まれた

「犬は家族に順位をつけて、自分が上に立つから咬むんでしょ?」という話は、飼い主さんからよく聞きますし、半ば常識化しているような気がしますが、この話は迷信だということはご存知でしょうか。

犬の群れでは、階層的な順位関係が観察されないことが、野犬の群れの観察から見出されています。犬同士ですら明確な順位をつけないのですから、人と犬の間で順位を付けるというのは論理が通りません。さらにその順位を理由にして、犬が上位だから、下位の家族を攻撃するという考え方はとても無理があります。

では、この順位づけの迷信はどこから生まれたのでしょうか。これはオオカミの行動研究を犬に当てはめて考えたことに起因しています。従来、オオカミの行動観察は、動物園内での行動を中心に研究されてきました。

動物園のオオカミの群れでは、社会的階層構造が築かれることが知られています。群れの最上位の個体のことをα(アルファ)、その次の個体をβ(ベータ)、その次をθ(シータ)と呼称し、食事の摂取や心地よい寝床の使用など、資源が競合する場面で、順位が上の個体が優先権を持つことが観察されています。そして、群れのなかはαの座を巡って常に緊張関係にあり、順位関係の挑戦に基づく攻撃行動が観察されたため、オオカミの群れでは、直線的で絶対的な順位関係が存在すると考えられてきました。