外国との関係はオープンにするのが国際的常識

そうした八幡氏の問題意識に対し、主にリベラルと呼ばれる政治的立場の人たちからは「多重国籍を認めない日本の国籍制度のほうが世界的に遅れている」と異論を唱えられることが多い。

そのなかには八幡氏、そして後に論陣に加わった池田信夫や私たちに対しても「ガラパゴス的な価値観で差別的だ」などと言いがかりをつける論者もいたが、全くの失当だ。

そもそも、八幡氏は通産省時代の30歳前後、フランス随一のエリート官僚養成機関で知られる国立行政学院(ENA)に留学したのを皮切りに、パリ・ジェトロでの在外勤務も経験。退官4年前には、通商政策局の北東アジア課長を務めた、霞が関きっての「グローバル人材」だ。

フランスは世界各地に植民地を抱えた歴史があり、移民国家だ。著名な政治家のルーツも実に多様だ。八幡氏も最初の記事で書いているように、サルコジ前大統領はハンガリーからの移民とユダヤ系ギリシャ人を両親に持ち、バラデュール元首相はアルメニア、ベレゴボワ元首相はウクライナからの移民をルーツに持つ。

ジスカールデスタン元大統領はフランス人を両親に持ちながらもドイツ生まれ。親独的な姿勢だったため、「ドイツ生まれの大統領」とされていたことは、私自身も、八幡氏の記事で勉強した。

八幡氏は80年代から、そうした多民族国家での政治状況をつぶさに見て、政治家の国籍問題に関心を持って考察してきた筋金入りなのだ。

ペルーのフジモリ元大統領は亡命中に日本との二重国籍が判明し、ペルー国内で「大統領在任中に二重国籍であることを隠していた」という批判にさらされたことが、のちの復権失敗と入獄につながった。そうした経緯を見ても、「外国との関係は、オープンにするのが国際的常識で、それを隠してよいことにしているから疑心暗鬼が広まっている」と言える。

ただし、8月中旬の時点では、蓮舫氏と国籍の関係については明確に疑惑として位置づけていたわけではなかった。

この間も関連記事の投稿は続いていたが、あくまで野党第一党党首、つまり総選挙の結果次第では総理候補となることへの「適格性」を多角的に問う内容だった。

例えば、台湾も領土権を主張している尖閣諸島で、仮に中国などに軍事行動を仕掛けられた場合、毅然とした対応をできるのか、といった疑問だ。タレント時代の蓮舫氏のセクシー写真のことが蒸し返される可能性から「宰相の品格」を問うた記事には、さすがの私も少々引いてしまったが(苦笑)、事態が緊迫したのは下旬になってからだった。

八幡氏は連日投稿し、蓮舫氏の経歴を振り返るなかで、ある疑念に突き当たった。「二重国籍になっているままではないのか」と……。

蓮舫氏が日本国籍を取得した経緯を改めて振り返ろう。1976年、台湾人の貿易商、謝哲信氏と日本人の母、斉藤桂子氏とのあいだに生まれた時点では、中華民国籍だった。これは父系血統主義を採っていた、当時の国籍制度によるもの。

しかし、男女間の差別を解消する観点から、1985年の改正国籍法施行により父母両系血統主義を採ることになり、その年、17歳だった蓮舫氏は日本国籍を取得し、台湾との二重国籍になった。

日本の国籍法では、20歳未満で二重国籍になった人は、22歳までのあいだに日本籍、もしくは外国籍にするかを選択しなければならない。日本籍を選んだ場合、手続きはふたつあり、1.外国籍を離脱した証明書を役所に届け出る(戸籍法106条)、2.日本籍の選択届を出す(同法104条の2)のいずれかになる。

罰則こそないが、22歳までに選択手続きをしないと、法務大臣から文書による催告がされ、その期限までにもなお手続きをしない場合は日本籍を失う、と決められている(国籍法15条)。

ところが、制度や手続きが煩雑だったり、あるいはブラジルなどのように国籍の離脱を認めていない国もあったりして、この手続きをなおざりにしている人が、日本国内には推計で40~50万はいるとも言われている。

そうした実態を踏まえ、八幡氏はますます疑念を深めた。アゴラとの掛け持ちで『夕刊フジ』でも連載しており、蓮舫氏の日本へのロイヤリティーを問いかける記事を載せるにあたり、同紙編集部が蓮舫事務所に見解を求めたのだ。

八幡氏によると、事務所側は当時、「確認する」と取材には応じたものの、その後、編集部が決めた期限までに要領を得た回答がなされなかったという。

この時点で「黒に限りなく近いグレー」の心象を得た八幡氏は、アゴラで勝負に出る。それが8月29日にエントリーされた「蓮舫にまさかの二重国籍疑惑」だ。

念のため付言しておくと、この時点では八幡氏も私たちも「蓮舫氏が二重国籍である」と断定はしていない。タイトルはエッジを少々効かせたものの、記事にもあるように3つの可能性、つまり1.法令に従い中華民国籍を放棄した。2.しばらく放っておいたが、どこかの時点で手続きをした。3.今も違法な二重国籍状態を指摘することが趣旨だった。

大手の新聞やテレビでは、できれば物的な証拠も含めて確証を得てからでないと、報じることはない。夕刊フジや週刊誌では、もう少しハードルが低いかもしれないが、状況証拠がほぼ揃い、なおかつ名誉毀損の要件が成立しないギリギリの打開点で掲載するのも、良きにつけ悪しきにつけ、ネットメディアの特性でもあろう。

ともあれ、この勝負記事は大変な反響を得た。アクセス数にしてアゴラ本体だけで30万ページビュー(PV)、転載先のヤフーニュースのPVは200万を超えた。普段のアゴラで最も読まれる記事でも1日単位では数万程度だから桁が違う。

Facebookのシェア数を示す「いいね!」も1万を超え、これも平時のトップ記事のシェア数が数百程度だから、いかに異例中の異例だったかがわかる。

ただ、それでもなお、正直なところ、その時点では、この疑惑が民進党の代表選挙に影を落とし続け、国会の審議にまで発展するとは思ってもみなかったのだった。