福島原発事故の発生から2か月経ってからのメルトダウン発表。うやむやに終わりそうな自民党議員による裏金のキックバック問題。マスコミだけでなく日本社会、とりわけ政治家や官僚、専門家たちは不誠実になってしまった。工学博士・武田邦彦氏によると、1990年代に「役に立つ研究」という概念が持ち込まれた科学技術の世界にも影響していると警鐘を鳴らしています。
※本記事は、武田邦彦:著『幸せになるためのサイエンス脳のつくり方』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
海外の記者向けの会見に誰も来なくなった理由
今の日本は、本当のことを言った人が排斥されるという、逆転現象が生まれるようになりました。
福島原発事故発生時、原子炉で燃料溶融が起こり、メルトダウンしているということを新聞社やテレビなどのマスメディアはわかっていました。ですが、このことを伝えると、みんなが驚いて逃げ惑い、大変なことになってしまいます。
できるだけ多くの人を福島に留めておかなければならない。福島県庁も政府もそう思い、その事実を隠したのです。
とはいえ、ずっと隠し続けることはできません。事態が少し落ち着いてきた約2か月後に、「じつはメルトダウンをしている」と東電が発表しました。マスメディアは初めて聞いたように、それを報道したのです。
東日本震災後の記者会見は、日本の記者向けと海外の記者向けの2つがありました。ところが、震災から約1か月後の海外の記者向けの会見には誰も来なかったそうです。
なぜ海外の記者が来なくなったのかというと、決して関心がなくなったからではなく、ウソばかりが発表されていたからでしょう。先ほどのメルトダウンの件のように、日本政府もマスメディアも本当に落ちぶれてしまいました。
ウソばかりついているということが、海外の記者たちはわかっています。なぜなら個別に取材すると、みな記者会見とは違うことを言うからです。そんな本音と建て前が混在したような記者会見を信じ、記事にして本国に送ることなどできない。不確かな情報を報道してはいけないと、先進国のジャーナリストたちは心得ているからです。
独自取材した内容と公的な記者会見の内容があまりにも違うので、海外の記者が来ない。このことは、日本人がウソをついているということの証左です。
先の大戦時では、欧米列強はウソをつきまくって国際社会のルールを捻じ曲げていたのですが、当時の日本人は決してウソをつかず、ルールを厳守していました。それが今は逆転してしまいました。海外の記者は誠実で、日本の記者は不誠実になってしまったのです。
「ウソ記事」を書き続けた新聞記者の懺悔
また、東日本大震災から4か月ぐらい経ったとき、ある大手新聞社の記者にインタビューを受けて、私はさらに衝撃を受けました。
福島原発の事故直後、東京から福島に派遣されていた記者は、被爆の危険があるということで全員が東京へ引き上げたそうです。それでも、福島は安全だという記事を書き続けた。自分たちは逃げているのに、「逃げる必要はない。逃げたほうがいいと言っている人は間違いだ」と言い続けたわけです。
そして4か月後、その記者が放射線防護服を着て恐る恐る福島に行ってみると、地元の人たちは普通の服装で暮らしていたのです。その記者が「その格好では危険ではないですか?」と聞くと、「新聞に安全だと書いてあるから」と言われて、反省したというのです。
その記者は誠実な方で、「私はこのことを記事にする勇気がない。武田先生なら、本当のことを言ってくれる」と私に本心を打ち明けてくれました。
しかし、私ならそんなことを強制するような新聞社はすぐに辞めます。なぜなら、自分の魂が汚れるからです。新聞記者は、自ら取材したことをきちんと伝えなければなりません。このような間違った報道をした新聞社は「新聞社」と言えるでしょうか。
私は英語も読めるので、海外からの記事などで時事問題をある程度フラットに見ることができます。ですが、大多数の日本人は大手新聞やNHKなどの情報を頼りにし、それを固く信じています。マスコミ人はそういう純粋な人たちに対する心の痛さを感じないのでしょうか。
昨今の自民党の「裏金問題」も同様です。
今回、問題となっているのはパーティ券販売のノルマを超えた分の議員へのキックバック、これを派閥側と議員側、双方が政治資金収支報告書に記載していないことです。
本来であれば、政治資金規正法にのっとり、双方とも「寄付」として、それぞれの政治資金収支報告書に記載していれば何も問題もありません。しかし、この裏金が所属議員の懐に入っているため、議員は「雑所得」として申告し、所得税を納める必要があります。
つまり、裏金のキックバック問題に関しては、所得税法違反にあたります。
この件に関して、政治家はいつものごとく、秘書や会計責任者へ罪をなすりつけます。マスコミも真相を追究しませんから、うやむやのままで収束しそうです。
このように、今の日本では本当のことを言わない人、ウソをつく人が得するようになっています。政治家・官僚・専門家、そしてその発表を垂れ流すだけの新聞やテレビ、それらに煽られた国民……残念ながら、日本社会は不誠実になってしまったようです。
日常的に「ウソ」をつく人がいます。とくに今の日本では、政治家や官僚、企業人など社会の主導層でウソをつく人が多いようです。
サイエンスの世界でもっとも忌避されるのが、このウソです。その理由は「自然は絶対にウソをつかない」からです。科学的なウソは、将来的に100%露見します。
だから、真の科学者は決してウソをつきませんし、誤魔化すようなことも言いません。ところが近年、政府の間違った指導によって、科学者もウソをつかないと研究費がもらえないという状態になり、その煽りを受けて一般社会でもウソが蔓延してきました。
1990年代に「役に立つ研究」という概念が持ち込まれ、大学を中心とした研究費の申請に「この研究が成功したら、社会にどのようなインパクトがあるか」「どのぐらいの収益が上げられるか」などを記述することが求められるようになったからです。
「役に立つ研究」の弊害として、地球温暖化の研究やSDGsなどがあります。これによって、日本の科学技術は長きにわたって低迷し、将来の大きな暗雲となっています。
科学が人間社会に貢献するのは、「経済発展」だけではありません。人生を深く考えたり、文明を解析したり、自然の摂理を究めたりすることです。その副次的な効果として経済発展が期待されるということがあるのですが、そのために最も大切なものは「科学者の自由な心」です。しかしこれが、現代社会から消え去ろうとしているのです。