さよなら、春。こんにちは、あんこ

春は音を立てて進むし、常に終わりを漂わせている。

今年は桜らしい桜を一度も見ずに全て散ってしまった。
蕾が一つ咲いたと思えば瞬く間に満開になり、満開頃になると毎年必ずと言って良いほど大雨が降り、強い風が吹く。
その儚さが好きだった時もある。猫は子猫の方が絶対に可愛くて愛おしいと思っていた。
今はその儚さが怖くてなるべく大きい猫の方が好きになった。
生きていく上で、いくつもの悲しみや別れに直面する中で全部に全力で悲しんでいたらどうもつらすぎるということが発覚した。

春にとっぷり浸かり込んでいた思春期の私から、春のまとわりついてくる何かを振り払えるようになった私になり、そうなった私は、強い花がたくさん咲き、夏の助走のような五月が好きになった。
五月の爽やかな風に吹かれ、夏の訪れに希望を馳せる私の手にはやっぱりあんこがなくてはならない。私の始まりはあんこでなければいけない。

春を振り払って、月へ向かう甘さ

今回私があんこを求めて漂流したお店は横浜にある「香炉庵」というお店。

初めて訪れたのにどこか懐かしいような、来たことがあるような感じがした。
店内でもお菓子を作っており、ガラス越しにどら焼きの生地が大きな器の中でゆっくりと回っているのが見えた。

正面のショーケースには、いくつもの色や形の違う最中やどら焼きが並んでおり、私がもし手土産を買いに来ていたらショーケースの前を何往復でもしてしまいそうなくらいたくさんのお菓子が並んでいた。その中で私が気になったのは「薄皮どら」。

横浜港に映る満月と月に映る波模様をイメージしているという。
私の「海月」という名前には海に映る月のように美しい人になってほしいと願いが込められている。シンパシーを感じずにはいられなかった。

ちなみに、くらげとも読むがそれについてはおまけくらいの気持ちで、くらげも神秘的できれいだからラッキーと思っている。
アイドルになって様々なイラストや、自分を表すものでくらげが使えるのも嬉しい。

脱線したが、表面についている波模様は非常に繊細で美しい、そして夕日のような焼き色には食欲をそそられる。
一口目を食べるとしっとりとした、サクとフワのちょうど中間のような生地の食感とあんこの粒の食感そして中に潜んでいた餅が伸びた。シンプルな甘みも生地があんこの甘みと引き立てあい、求肥餅が良いアクセントになっている。