結成15年目のラストイヤーとなった昨年の『M-1グランプリ』で、見事敗者復活戦を勝ち抜き決勝進出を果たしたカナメストーン。底抜けな明るさとパワフルさが光る漫才で多くのファンを魅了するふたりが、8月6日の東京・草月ホールを皮切りに全国8会場を巡る全国ツアーを開催。ツアーに懸ける思いや今の心境を語ってもらった。

※本記事は『+act.(プラスアクト)2026年8月号』(ワニブックス:刊)より、一部を抜粋編集したものです。

山口「地元でのライブは夢のひとつでしたからね」

――初めての全国ツアーですが、念願だったと言って間違いないでしょうか。

零士「はい、念願です。成し遂げたかったひとつの目標ですね。いやぁ、本当に『M-1』はすげぇなって。決勝に行ってなかったら、叶えるまでにもうちょい時間がかかったと思うんですよ」

山口「行ってなかったら今年はできてなかったでしょうね。『M-1』、すごいです」

零士「お笑い人生で一度は決勝に行けた。その決勝で勝ちたかったという思いもデカいし、僕らとしてはこれまでとやってることは変わらないですけど、以前より見てもらえているなと感じるし、面白いと言ってもらえることも増えましたね」

山口「ただ、今回のツアーでは西の会場が少ないんだよね」

零士「そうだね。でも、何より地元の茨城で単独ができることが嬉しい」

山口「地元でのライブは夢のひとつでしたからね」

零士「この前、地元の広報誌に載せてもらったんです。やっぱり親の目に届くところに出られるのはすごく嬉しくて」

ーご家族も喜ばれるのではと思います。

零士「いやぁ、だいぶ遅いですけどね。本当は10年くらい早く安心させられたらよかったんですけど」

山口「1年目で売れるだろうって思ってたもんね」

零士「ねぇ? 余裕こいて入ったのに“え! 全然売れない! 何これ!?”って」

山口「厳しかった。『M-1』(の決勝に行くの)もラストイヤーまでかかっちゃいましたしね」

ー芸人になると言った時の、ご家族の反応はどうだったんですか。

零士「親はちっちゃい頃からずーっと好きなことはなんでもやらせてくれたんです。だから、お笑いも『やるんだ。頑張りな』くらいでしたね」

山口「僕はずっとサッカーをやっていたので、サッカー関連の仕事に進むんだろうなと親は思ってたんじゃないかな。けど、零士にお笑いの道に誘われて、楽しそうだなと思ったんです。親に(芸人になると)言ったら『有名になれ』って言ってくれただけで反対はされなかったですね」

零士「けど、山口の父ちゃんと母ちゃんは心配してたと思うんです。『M-1』決勝に行ったあとに会うことができたんですけど、行く前よりもよかった〜っていう気持ちが伝わってきて、僕も安心しました。僕が山口を誘ったので、自分の親だけじゃなく、山口の親にも安心してもらえたように感じられて、“あぁ、よかったな”と思いましたね」