津波で流された街・ゆりあげを訪ねて

EXITの『萎えぽよエリアぶちアゲ活性化ツアー』、5ヵ所目となる開催地は宮城県・名取市。宮城県の太平洋沿岸部に位置する人口7万9千人のこの街は、2011年の東日本大震災で甚大な被害が出た閖上(ゆりあげ)地区を含め、街全体もいまだ復興の最中(さなか)にある。

新幹線で仙台駅に降り立ち、そこから東北本線で名取駅へ。電車がホームに止まってもドアが開かないので「えっ!?」と軽くパニックになっていると、後ろにいた女子高生がサっとボタンを押してドアを開けてくれた。そう、私は知らなかったのだが、宮城の電車のドアは「半自動」で、降りるときは自分でボタンを押して開けるのである。「ありがとうございます!」とお礼を言うと、彼女は「フフフッ」と笑って小さくバイバイしてくれた。

▲ゆりあげの朝市

名取駅からは乗合バス「なとりん号」に乗って、まずは『ゆりあげ港朝市』へ。ここは日曜日と祝祭日だけ開催される朝市で、およそ40の店舗が軒を連ねる人気の観光スポットだ。鮮魚店で買った魚介類をその場で焼いて食べられるということで、早速ホタテとエビを購入、併設されている炉端焼きスペースに持っていった。

「生でも食べられるから、あんまり焼かないほうが旨いよ」と言うおじさんの言葉に従って、ミディアムレアでいただきます。炭火の遠赤外線効果なのか、青空+海+明るいにぎわいという最高のロケーションの効果なのか、ホタテもエビも格別の味わいだった。

▲買った海産物はその場で焼いて食べることができる
▲ホタテが4つで400円、エビは3尾で300円と破格の安さ!

朝市には海産物だけでなく、野菜・花・メンチカツ・水餃子・たこ焼き・二郎系ラーメンなどなど、他にも名物がたくさん。片っ端から食べていきたいが、既に炉端焼きで満腹になっている自分には目の毒すぎる。

それなのに、創業87年の老舗だという地元の味噌醤油店『森昭』の前を通りがかったときは、火鉢で焼いている焼きおにぎりがあまりに美味しそうなので、つい「ひとつください」と言ってしまった。予想通りの美味しさに陶然となる。胃袋は満腹を通り越して、もはや不吉な重さを感じるほどだが、こんな幸せな苦痛があるだろうか。後悔はない。

▲朝市には海産物だけではなく地元産の野菜や花などもある
▲地元産の味噌を使った特製焼きおにぎりは最高だった

朝市をあとにして震災メモリアル公園へ向かう。広場の中央にそびえ立つモニュメントは、天に伸びる白い柱が青空に映えてとても美しいが、地元の人に聞くと、これは3.11にこの地域を襲った津波と同じ高さ〔8.4m:ビル3階相当〕なのだそうだ。実際に仰ぎ見ても、にわかには信じられないほどだが、改めて巨大津波の恐ろしさを実感した。あの日、名取市では960人もの方々が犠牲になったのだ。

▲慰霊碑「芽生えの塔」の高さは、2011年3.11にこの地域を襲った津波と同じ

モニュメントのすぐそばにある町のシンボル『日和山』にも登ってみた。高台から見下ろす景色は、かなり先のほうまで更地が広がっており、造成前の新興住宅地のような雰囲気だ。ただ、もうここに家が建つことはない。かつて海と共にあった人々の暮らしは、震災の教訓を活かし、沿岸部から離れたところに移っている。

▲日和山からの風景。居住区は海から1キロほどのところに定められているため、遥か彼方に見える

山を降りたら、次は地元の人にオススメされた『cafe malta(カフェマルタ)』へ。ここは2017年に水揚げが始まった閖上の新名物「しらす」を扱った料理を楽しめるカフェ。閖上のしらすは、日本の最も北で獲れるため「北限のしらす」と呼ばれブランド化されている。

▲cafe martaの看板メニュー「釜揚げしらすプレート」。追いしらすが無料ということでも人気

店の看板メニューである「釜揚げしらすプレート」をオーダーすると、店員さんが「“追いしらす(=しらすの追加)” 無料ですので、ご希望の際はおっしゃってくださいね」と声をかけてくださった。

いや、もう十分すぎるくらいのってるんですけど……と思ったが、周りを見渡すと皆さん、ほぼもれなく“追いしらす”している。私はといえば朝市の焼きおにぎりがまだ効いているので、かなりゆっくりとしたペースで食べ進めたものの、さっぱりした味わいの夏のしらすは絶品で、結局しっかり平らげてしまったのだった。

▲ノンアルカクテル「YURIAGE BLUE」はラムネベースの爽やかな味わい

しらすプレートと共に注文した「YURIAGE BLUE」というオリジナルのノンアルコールカクテルもまた最高。ラムネをベースにした青い液体は清涼感たっぷりで、縦斬りにしたパイナップルが1本ごろんと入っているため、フレッシュな果実感も楽しめてとても美味しかった。これが520円(税抜)というのはかなりリーズナブルだ。

▲ 宮城閖上麦酒醸造所

北限のしらすを存分に楽しんで店を出ると、前方に何やら洒落た建物を発見。てくてく歩いて近づいてみると『宮城ゆりあげ麦酒製造所(宮城マイクロブルワリー)』という看板が見えた。地ビールの醸造所のようだ。飛び込みで取材を申し込むと、工場長の北條仁さんが応じてくれた。

▲発売しているクラフトビールのなかにはフルーツを使ったものもある。醸造場内部には6台の発酵&醸成タンクが並ぶ

2019年に、この地に移転してから6種類の地ビールを製造しているが、今はコロナの影響で飲食店に酒を卸せなくなってしまったので、主に地元の人が買いに来ているそう。この日も、ちょうど近隣のお客さんが訪れて品定めしていた。主力商品であるピルスナーをいただいてみると、すっきりとした飲み口のなかに、コクのある甘みを感じる。ビールは通常3週間ほどでできるのだが、ドイツ産の麦芽とチェコ産のホップを使って仕込むこのビールは、1ヶ月以上熟成させているので深い味わいになるとのことだ。     

ブルワリーを出て帰りのバスを待つ。地元の人たちは車で移動しているため、バス停にいるのは私1人。とても静かだ。

先ほど体験した朝市の愛しいにぎわいを思うと、この静けさには胸がざわめく。かつてこの一帯は住宅地で、たくさんの人が暮らしていた。今は広大な平原になって、聞こえるのは吹き抜ける風のかすかな音ばかりなのだが、この静けさこそが10年前に起こった出来事を何よりも雄弁に伝えているように思えた。閖上の地に漂う独特の気配は、ずっと忘れないでいたい。慰霊碑を振り返り、改めて鎮魂の祈りを捧げた。