本格的に始まった取り調べのキツさは、福田健悟の想像を遥かに超えていた。さらに、暗くて小さな窓しかない留置所の狭さもメンタルを確実に削っていった。そして「幽霊が出る」という噂も耳に届き……経験者にしかわからないリアルな現実がここにある!

留置所は自殺してもおかしくないほどツラい場所

いくつか説明を受けた。トイレは自分では流せないため、常駐の警察官に頼んで流してもらうこと。お風呂は1週間に1回しか入れないこと。就寝までは寝転んではいけないこと。就寝時間は21時、起床時間は6時。面会は3日に1回で、時間は3分。そんなことはどうでもいい。今は外の世界のことや、今後の行き先が気になる。

布団を受け取って、部屋の隅に畳んで置いておくように指示を受けた。格好はスウェット。寝間着のまま連れて来られて、着替える時間はなかった。腰の部分についている長紐は、自殺する可能性があるという理由で没収された。ずれ落ちるズボンを、何度も手で下がらないように上げ直すのが面倒だった。

ここに入って、最初に恐怖を感じたのはこの時だ。留置所という場所は、自殺してもおかしくないほどツラい場所なのだ。中の暗さは、豆電球の明かりくらい。光が射し込むのは、壁際にある弁当箱サイズの小さな窓だけ。これがなければ真っ暗なんじゃないか、というくらいに設備は乏しい。あまりにも小さい窓で用途を成していないに等しいが、外の様子は知ることができる。時計がないため、時間は窓からの明かりを頼りにするしかなかった。

現時点では明るい。朝6時に警察が家に来て、留置所に到るまでの時間を考えても、3時間は経っていない。つまり、遅くても今は朝9時くらい。これから就寝時間の21時まで、12時間も何をしていればいいんだ? マズい。薬がない。家に置いてある。今までは、定期的に安定剤を飲んでいたから平静を保っていられたが、これからは劣悪な環境化のうえに薬がない。最悪だ。

『ガチャン、ガシャン』

鉄格子のひしめき合う音に考え事は打ち消された。音の先には、警官と1人の男が並んでいる。牢屋の施錠が解除されて、部屋に入ろうとしている。派手な髪色で細身。パッと見は年下だ。見も知らぬ男が急に現れたことに、不思議と嫌悪感はなかった。彼は1ヶ月ほど前から留置所に入っていたようで、今は取り調べのために席を外していたとのこと。

「福田さんですよね?」

「え? なんで知ってんの?」

「有名なんで」

話しを聞くと、彼の知り合いがギャングイーグルにいて、僕のことを聞いたことがあるらしい。こういうことは、不良の世界にはよくあることだ。知り合いの知り合いは、知り合いだったりする。年齢は予想通り下だった。

「オイ! 45番、19番、静かにしろ」

ここでは会話をしてはいけない。それでも孤独を埋めるため、看守の目を盗んでボリュームを抑えて話した。彼と話すのは楽しかった。1人のときよりも時間が短く感じる。小さな窓から射した光は暗くなっていた。

「歯磨きの時間だ」

時間は3分。同居人と交代で、備え付けの歯ブラシと、まずい歯磨き粉を使って歯を磨いた。部屋に戻って布団を敷いたら消灯の時間。ヘトヘトの体はすぐに眠りに落ちた。

面会に来てくれた母の優しさに心を打たれる

「起床!」

突然の大きな声に叩き起こされた。もう少し寝ていたかったが、看守の圧力を感じて立ち上がった。同居人が先に起きて布団を畳んでいるのを見て、真似をした。今は朝6時。昨日は楽しかった同居人との会話も、1時間後にはネタが尽きていた。4畳ほどの狭い空間に、黙って何時間も一緒にいるのは苦痛だった。

「45番! 面会だ」

よかった。息苦しい空間からの脱出だ。警官に連れられて面会室へ向かった。そこにいたのは母だった。面会時間は3分。ストップウォッチを持った警官が、面会室の端に立って時間を計っている。

「何か必要な物はある?」

目を見て喋るのをためらっていた僕は、座った瞬間に母が発した言葉を聞いて安心した。母の話では差し入れできる物がある。なんでもいいわけではないが、暇潰しができる物を持ってきてほしいと頼んだ。

「あと、薬って無理かな? 頭おかしくなりそうでさ」

「あぁ、どうなんだろう。処方箋がないと難しいと思うけど。聞いてみるわ」

「あの……」

「ん?」

「ごめん」

「……まあ済んだことは仕方ないから。ちゃんと反省して出てきなさい」

「時間です」

あっという間の3分だった。僕が母の立場だったら同じことが言えただろうか。

学校は途中で辞めて、バンドの練習に行くと嘘をついてギャングの集会に参加していた。そのために、土曜日は早めに夕飯を準備してくれていた。そんな裏切り行為をされたら、自分なら面会にさえ行かないかもしれない。

その思いとは裏腹に、説教をされたら嘘をつこうと思っていた。自分は悪くない、何も知らないと。そうじゃなく、素直に謝ることができたのは、母の懐の深さがあったからだ。

面会室から出て、檻の中へ戻ると、同居人の姿はなかった。また取り調べに行ったのか。そう思うや否や、自分も取り調べのために呼ばれた。

牢屋の外に出て、手錠をかけられた。子どもの頃にオモチャの手錠をかけられて、友達が鍵を失くしてしまったときの不安な気持ちを思い出す。絶対に外してもらえるという保証もなければ、身動きをとれないあいだに何かをされるという可能性はゼロではない。

左右の手首に、ひんやりと冷たくてドッシリとした重さを感じた。2つの輪っかをつなぐ真ん中の鎖には、丈夫そうなヒモがついている。犬の散歩でもするかのように引っ張られて、取り調べ室へと向かった。さすがに、このまま倉庫に連れて行かれてタコ殴り……なんて海外ドラマみたいな展開にはならずに、取調室に着いたら手錠は外された。

「お前が相手を呼び出したのか?」

「そうだよ」

「どうやって?」

「携帯だよ」

「機種は?」

「は? マジで言ってる?」

嘘みたいな話だが、マジで言っている。どこに呼び出したか。移動手段は? 車の車種は? こんな調子で2時間にわたって取り調べは続いた。ドラマだったら苦情の嵐だ。なんせ2時間も話して、ストーリーは相手を呼び出すとこまでしか進んでいない。

細かすぎる取り調べを終えて房に戻ると、同居人は昼ご飯を食べていた。ご飯はマンションの郵便受けのような、小さな窓から支給される。冷え切った白飯と質素なおかず。2日目にして先が思いやられた。