薄い幾つもの層の上に、艶やかな黄色い檸檬のジャムが上品に横たわっている。
いつか読んだ梶井基次郎の『檸檬』。積みあがった本の上で何かを獲ったように据わる檸檬の様子と重なった。

バターがくれる多幸感
今回私が漂流いたしましたお店は、代々木八幡にある「PAQUET MONTÉ」というお店です。

住宅街を歩いていると建物と建物の間に白い石畳が綺麗に並んでいるのを見つけた。
その石畳の先には一見何のお店か分からない、小さな窓一つとガラスの扉だけが見える二階建て程の建物があった。
扉がガラスであることが何かのお店であることを予感させた。

白い石畳の上を歩いて扉の前まで来ると、扉には何か三角のマークが描かれていた。
ガラス扉に付けられた冷たい金属の取手を引くと扉は想像よりも重たかったため、ただ立っていただけの脚にぐっと力を込めた。

ゆっくりと手前に開いた重い扉と共に濃いバターの風が吹いた。
これは大げさな比喩表現などでは無く、本当に私は人生で初めてバターの風を浴びたのだ。
厳密に言うと、バターに火が通った時に香るあの香ばしい香りである。
この贅沢な風は入店時の一度きりしか体験できない貴重な瞬間である為に、皆さん訪れる際にはぜひ集中して浴びていただきたい。

メインのショーケースの中にはコップのような筒状のパイ生地の中に、クリームが入ったスイーツが綺麗に並べられていた。
この、日本では馴染みの少ないスイーツの正体は“フラン“というフランスの伝統菓子である。

カスタード、抹茶、ほうじ茶、季節限定いちごとレモンの四種類の中から私はあまり迷わず「いちごとレモンのフラン」を選んだ。他にはない上に乗っているジャムが魅力的だった。
そして、冒頭で触れたように梶井基次郎の『檸檬』を思い出して、それにしない理由が無くなった。
包装紙で四角錐の形に包まれ、リボンをかけられたフランを目の前に置いたときプレゼントみたいで嬉しかった。もちろん包装を解く作業も楽しかった。