全領域戦で勝利する決意をしている中国。領域には「自然に存在する領域」と「人工的な領域」があり、中国の指す「情報戦」は人工的な領域に区分され、軍事活動に必要な範囲に留まらず、平時の政治戦や影響工作など、幅広く含んでいるという。元陸上幕僚副長・陸上自衛隊東部方面総監で作家の渡部悦和氏が、中国が行う情報戦のしくみについて解説する。

※本記事は、渡部悦和 :​著『日本はすでに戦時下にある すべての領域が戦場になる「全領域戦」のリアル』(ワニ・プラス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

中国が一番重視しているのが「情報戦」

▲中国が一番重視しているのが「情報戦」 イメージ:zabta88 / PIXTA

人工的な領域のなかでも、とくに認知領域はヒューマン領域とも呼ばれ、最近非常に注目されている。

認知領域は、実体領域における破壊と支配だけでは対処できないイデオロギーや、宗教・信仰、民族アイデンティティといった、新たな問題に対処する必要性から重要な領域として認識されはじめた。

各々の領域を舞台とする戦い(warfare)があり、陸戦・海戦・空戦・宇宙戦・サイバー戦・電磁波戦などと記述する。情報領域での戦いは「情報戦(Information Warfare)」だが、そのなかには政治戦(統一戦線工作を含む)、影響工作(Influence Operation)、心理戦などがある。

認知領域での戦いは、(認知において人間の脳をコントロールする意味で)「制脳戦」や「認知戦(Cognition Warfare)」と呼ぶ。さらに、AI同士の戦いを「アルゴリズム戦」と呼ぶ。

その他にも金融戦・貿易戦・外交戦・文化戦・宗教戦・メディア戦・歴史戦・技術戦・デジタル戦など多数考えられる。なお、各領域での戦いは、それぞれが独立して存在するものではなく、相互に重複する部分がある、複雑な様相を呈している点が重要である。例えば、中国やロシアが多用する情報戦・影響工作・認知戦・心理戦は、密接不可分な関係がある。

中国が一番重視しているのが情報戦(とくに影響工作)だ。通常の民主主義国家の情報戦は、主として軍事作戦に必要な情報活動を意味する。しかし、中国は情報戦を広い概念でとらえていて、解放軍の軍事作戦に寄与する情報活動のみならず、2016年の米国大統領選挙以来有名になった政治戦・影響工作・心理戦・謀略戦・大外宣戦(大対外宣伝戦)など、すべて含むものだと理解すべきであろう。

統一戦線工作による「静かな侵略」は国外にも

中国において、その長い歴史のなかで繰り広げられてきた政治戦は、伝統的な戦いである。現代の政治戦は、中国国内において中国共産党(中共)の一党独裁体制を維持するために、中共中央統一戦線工作部(中央統戦部)の工作(以下、統一戦線工作)として実施されているが、最近は習近平主席の意向もあり、国外における工作も重視されている。

当然ながら、日本も中国の政治戦の重要な対象になっており、各組織が混然一体となって、我が国に対する工作が展開されている。

中央統戦部は、「秘密主義」「曖昧」「目立たない」と表現されている組織であり、日本人には馴染みの薄い組織だと思われるが、我が国の平和と安定を維持するためには避けて通れない組織だ。

中央統戦部は本来、国内で共産党が敵と闘争する際、反共・非共の勢力も取りこんで敵に対する工作をおこなっている。統一戦線工作の目的は、中共を支持する人をできるだけ増やし、反対する人を減らすことである。その主な狙いは、中共の支配を確実にし、中共の権力独占が他の追随を許さないことを保証することだ。

現在、中央統戦部は国内のみならず、国外を含んだ広範囲にわたる工作を担当している。国外工作においては、相手国内の中国に対する反対活動を切り崩し、賛成派を増やすために、違法合法を問わず活動している。中国は、あの手この手で諸外国の内部に浸透する工作もおこなっているが、その総元締めが中央統戦部なのだ。

▲中国が一番重視しているのが「情報戦」 イメージ:RichR / PIXTA

中央統戦部の活動は、台湾・米国・日本・オーストラリア・ニュージーランド・カナダでもっとも顕著におこなわれ、西側の政府や社会に悪い影響を与えている。海外における中央統戦部の工作の狙いは、敵の陣営に侵入し、これを弱体化し、破壊し、最終的には敵を内部から破壊することだ。

また中央統戦部は、国外における中国のイメージアップと利益にかなう方向に世論を形成し、行動をうながすように影響工作を実施している。当然ながら日本に対しても影響工作をおこなっている。

中央統戦部の教科書によると、「外国の敵対勢力は中国の台頭を望んでいない。彼らは中国を潜在的な脅威、競争相手とみなし続け、我々を封じこめ、抑圧するために可能なことはすべて試みている。それらは中国の安全と中核的利益を深刻に脅かしている」と主張している。