中国の覇権国家戦略の要である「統一戦線工作」。政界から経済界、芸能界などあらゆる分野に浸透した工作に対して、日本でも軍事・非軍事の枠組みにとらわれない「全領域戦」の覚悟を決める必要がありそうだと、元陸上幕僚副長・陸上自衛隊東部方面総監で作家の渡部悦和氏は警鐘を鳴らします。

※本記事は、渡部悦和 :​著『日本はすでに戦時下にある すべての領域が戦場になる「全領域戦」のリアル』(ワニ・プラス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

中国の統一戦線工作の脅威に気づいたオーストラリア

中国との戦いがすでに始まっていることを知らない人は多い。中国共産党の中央統一戦線工作部(以下、中央統戦部)の工作(統一戦線工作)のことを知っている日本人も少ないと思う。中央統戦部については、今まで語られることが少なかったからだ。私は中央統戦部と統一戦線工作について、多くの人に知ってもらわなければいけないという使命感をもっている。

▲スコット・モリソン 出典:Kristy Robinson / Commonwealth of Australia(ウィキメディア・コモンズ)

統一戦線工作は、中国国内のみならず、最近は国外においても強化されている。当然ながら日本も工作の対象になっているが、オーストラリアに対する工作は集中的におこなわれた目立つものであり、オーストラリアは長い間、中国の「静かな侵略」の主要なターゲットになっていた。

同国の歴代首相の多くは、首相退任後に中国に取り込まれて親中派になり、中国の国益の実現に貢献する存在と化してしまった。彼らは、以下のような発言をしている。

・中国の台頭はオーストラリアにとっていいことばかりであり、自由民主主義と全体主義といった、二者択一の発想は誤りである。

・中国への抵抗は無益であるか、抵抗すべきものは何もない。

・南シナ海はそもそも歴史的に中国のものであり、中国はその地域におけるかつての市街的地位を取り戻しつつあるにすぎない(1991年にオーストラリアの首相に就任したポール・キーティングの発言)。

・中国をなだめることがオーストラリアの経済的利益になり、オーストラリアは報復に対して脆弱である(オーストラリア外務貿易省の基本姿勢)。

・米国は、中国と対立する国を支援しには来ない。そうであれば、中国にあらがうことの意味はどこにある?

この親中国の流れが変わったのは、スコット・モリソン(2018年8月~)が首相に就任してからだ。とくに大きかったのは新型コロナの蔓延である。オーストラリア人が、新型コロナを機に中国が仕掛ける「静かな侵略」の脅威に覚醒したのだ。この静かな侵略に対して堂々と戦っているオーストラリアは、日本のいいお手本になる。

中国が仕掛ける「目にみえない戦い」は進行している

日本も統一戦線工作のターゲットになっていることを強調したい。この工作は、日本の政界・経済界・メディア・アカデミア(学界)・中央省庁・芸能界・宗教界・自衛隊・警察など、あらゆる分野に浸透している。

外国資本が、自衛隊や海上保安庁の基地周辺の不動産や、北海道などの広大な土地を買いあさり、日本の団地に中国人が大勢住むようになり、その団地が彼らに占領されかねない状況になっていることなど、工作の例は枚挙にいとまがない。

さらに例を挙げよう。日本には、日本人学生16人に対して167人の中国人留学生が学ぶ高校がある(2018年当時)。NHKの『おはよう日本』が2018年に紹介した、宮崎県の日章学園九州国際高等学校だ。

同校の校長は「日本人の生徒を集めるのが難しい。中国が一番近い国ではありますし、中国の子どもたちが来てくれれば、学校経営は成り立つ」と説明している。

また、北海道東川町は、人口減少対策として町が自ら留学生集めに乗り出し、人口を増やすことに成功しているという。街が授業料を半分負担し、寮の家賃を補助し、毎月8,000円分の買い物カードを付与し、全国で初めて町自らが日本語学校を開設したという。

町がここまで力を入れるのは、財政上のメリットがあるからだ。人口に応じて国から配分される地方交付税が魅力的で、東川町では約200人の留学生が住んでいるため、4,000万円を確保できるという。一方で、留学生のほとんどが、卒業後、町を離れてしまうそうだ。

短期間しかいない留学生を呼びこむことで人口を増やし、地方交付税を増やすという取り組みは問題である。トロイの木馬のように、統一戦線工作の一環として日本に送りこんだ(日本の学校や町が招き入れた)中国人が、日本を着実に内部から侵略する事態になる可能性はあると思う。

▲中国が仕掛ける「目にみえない戦い」は進行している イメージ:Naruto_Japan / PIXTA

我々が今は平和なときだと思っていても、中国などが仕掛ける「目にみえない戦い」は進行している。このままでは「目にみえない戦い」に気づかないまま敗北してしまう可能性がある。

中国は、統一戦線工作の国家であり「超限思考」の国家でもある。『超限戦』(喬良、王湘穂著/劉琦訳/角川新書)は、原書が1999年に出版され、全世界に衝撃を与えた書である。

『超限戦』の本質は「目的のためには手段を選ばない。制限を加えず、あらゆる可能な手段を採用して目的を達成する」ことを徹底的に主張していることだ。

民主主義諸国の基本的な価値観(生命の重視などの倫理、法律、自由、基本的人権など)の制限を超え、あらゆる境界(作戦空間、軍事と非軍事、正規と非正規、国際法)を超越する戦いを公然と主張している。

超限戦の主張は、突き詰めれば、国家もマフィアやテロリストたちと同じ論理で行動しなさいということだ。超限思考を信じる国家にとって、日本は“鴨ネギ”国家だと思う。

愚かなことに我が国は、非常に多くの安全保障上の制約やタブーを自ら設けている。日本人は、もっと危機感を持たなければいけない。新たな危機と冷徹な国際社会の現実を踏まえ、未来を見据えた安全保障のあり方を議論すべきときが来ていると思う。