「福田さんも、吉本に入ればいいじゃないですか」。予期せぬ提案に動揺する福田健悟。お笑い芸人になりたいという夢は、不安よりもデカかった! 前に進む決意をして面接会場へと向かうが、そこでは何が待ち受けていたのか?

芸人活動の経験を面接で発揮することができず大後悔

吉本の面接は、神保町駅から歩いて5分の所にある、養成所で行われることとなった。約束通りの時間に言われた場所に行くと、数人規模の列ができていた。そこに並んで待っていたら、番号札を手渡された。そのなかでは先輩芸人と思われる人たちが取り仕切っている。

「1番の人〜! お、トップだ! 幸先がいいねぇ! ここに座って」

「2番は? いいねぇ! 2番手は、縁の下の力持ちだからね」

「3番は? ミスター長嶋の背番号だ!」

「4番は、4番バッターだ!」

さすがは芸人の養成所だ。不吉な数字の4番でさえ、前向きに解釈している。このあとも、全ての数字を笑いに変えていた。ちなみに僕は8番で、末広がりの8と言われた。彼らのおかげで緊張がほぐれた。

番号を呼ばれた人たちは、10人ずつに分けられて、別室に案内される。前の10人が終わったら、次の10人。その10人が終わったら、次の10人といった具合だ。ついに、自分たちの順番が回ってきた。別室の椅子に座って待っていると、遅れて面接官が登場した。

「どうも。森本です。じゃあ面接を始めていきましょう。自己紹介をしてください」

「特技はボイスパーカッションです」

「自分はゴールデンレトリバーを飼っています。でも、今日ここに来る前に殺してきました。……嘘です」

普通に自己紹介をする人。笑いを取りにいく人。いろんなやつがいた。僕は、地元で芸人活動をやっていたことをアピールした。すると……

「何か面白いエピソードある?」

「え? あ、いや……。えぇと」

「ないなら、大丈夫です。ありがとうございました。これで、皆さんの自己紹介が終わりましたね。じゃあ、私のほうから一言。特技がボイスパーカッションって言ってたキミ。なんでやらなかったの? あとゴールデンレトリバーを殺したって言ったキミ。テレビに出てる人が言うならまだしも、僕はキミのことを全く知らないから、変な人だとしか思えないよ。それから最後のキミ。経験者ならエピソードの1つは用意しておかないとダメだよ」

あまりにも突然で機転がきかなかった。面接官の言う通りだ。何もないならアピールをしないほうが良い。その証拠に、普通の自己紹介をした人たちは何も言われていなかった。

「それでは、以上で面接を終わります。合否の通知は日を追って送ります。ほとんどの人は合格をすると思います。1人を除いて」

モヤモヤする福田健悟の前に現れた珍客たち

面接官は、ゴールデンレトリバーの話をした彼のほうをチラッと見た。良かった。一瞬ドキッとしたが、自分ではないようだ。アパートに帰って、少しだけ睡眠をとったあとで、夜勤のバイトに向かった。

「おはようございます」

「おぉ、おはよう! なんだ? 元気ねーな」

「いやぁ、今日は吉本の学校に入るために面接を受けてきたんですけど、感触がイマイチだったんですよね」

面接官がチラッと見たのは、ゴールデンレトリバーの話をした彼だったが、自分の不甲斐なさに辟易としていた。偉そうに経験者であるアピールをして、なんのエピソードも出てこなかった。情けなくて仕方がない。モヤモヤしたまま働いていると、1人の女性客が来店して、すごい勢いで僕のもとへ近づいてきた。

「ヘルプミー!! プリーズ! ポリス!」

聞き取れた単語は3つだけ。何か問題が起きたことはわかる。すぐさま警察を呼ぼうかと思ったものの、何も確認しないまま要請をかけるわけにはいかない。英語は喋れないが、自分の持ちうる限り、最大限の英会話能力を引き出して聞いた。

「ワッツ!?」

「シェアハウス! チャイニーズ! スキャリー」

近くには、海外の方が住んでいるシェアハウスがある。そこに住んでいる同居人の中国人が怖い、と言っているのだ。何かをされてからでは遅い。110番を押して、身振り手振りで、警察に電話をしたことを彼女に伝えた。それでも泣き止まない。よし。笑わせてみよう。

「ワット、ユアー、ジョブ?」

職種を聞いてみた。彼女はポケットから携帯を取り出して、写真を見せてくれた。介護施設で働いているようだ。僕は老人を指さして言った。

「ユー?」

「ノー」

笑っていない。ジャパニーズジョークは、通用しないのか? 彼女が、写真に映っている自分を指さしたときに、起死回生の案を思いついた。

「ビューティフォー!」

作戦成功。泣いていた彼女の顔は、晴れやかになった。数分後。駆けつけた警官と一緒に、彼女は立ち去った。

僕が対応しているあいだは、店長が仕事を進めてくれていた。だが普段より、進捗状況が遅れていることには変わりない。いつもよりスピードを上げて仕事に取り掛かった。そこに、見たところ10代の女の子が来店。携帯で誰かと喋っている。そのまま僕のほうに近付いてきた。

「すいません。お父さんと話してもらえませんか?」

真っ直ぐな目をして、僕に電話を手渡そうとしている。自分の彼女に言われるならわかるが、相手は赤の他人。電話を受け取ろうかどうか迷ったが、一歩も引く様子はない。

「はい。お電話代わりました」

「突然すいません。今のは、私の娘なんです。姉のところに遊びに行ったんですけど、喧嘩をして家を出てしまったらしくて、時間も遅いので、私が行くまで置いておいてもらえませんか?」

店長の許可が下りて、彼女を保護することになった。お父さんは、千葉から来ると言っている。3時間くらいはかかりそうだ。