日雇いの仕事で食いつなぐしかないかと思われたが、奇跡的に希望通りのアルバイトを見つけた福田健悟。これで東京での生活は心配ない。家族や友人と涙の別れをして、27年間暮らした岐阜からとうとう離れるときがきた。住まいとアルバイトを確保したからには安泰だと思われた東京生活だが、入居初日から東京の洗礼が襲いかかる!

奇跡のアルバイト合格、そして周りの応援に思わず涙

絶対に合格だ! この流れで不合格になったら、人間不信になるくらい、神がかった展開だ。

「いつ面接する?」

「今は厳しいですか?」

「オッケイ、オッケイ!」

「夜勤で、週5日入れたら有り難いんですけど……」

「お〜、ちょうど良かった! それだけ入ってくれたら、ウチも助かるんだよ」

「ただ、働けるのは来月の終わりくらいになってしまいまして」

「よし。じゃあ連絡先を交換しよう! キミがコッチに来るタイミングで、連絡ちょうだい。じゃあ、コーヒー飲んでって」

最後の最後で奇跡が起きた。たまたま寄ったコンビニで、希望通りのシフトが見つかった。しかも店長さんは、ものすごく良い人。これで上京後の生活も心配はない。あとは、今のバイト先に辞めることを伝えるだけだ。自分が辞めることで、人手不足になるのは心苦しいが、言うしかない。

再び車を走らせて、地元に戻った。翌日。バイト終わりに報告をすると、快く受け入れてくれた。

「寂しいけど、応援してるぞ」

5年間ずっと苦楽を共にしてきたバイト仲間たちは、温かく見送ってくれた。これまでの日々を振り返るかのように働いて、長年のバイト生活にピリオドを打った。

今から引っ越しの日までは、残り1週間。この1週間は準備期間となる。業者を雇う費用を節約するために、引越し作業は自分で行うことにした。ネットで調べて、ワゴンタイプのレンタカーを予約。この中に積むことができそうな荷物を選別した。

テレビ・机・掃除機・服・食器・冷蔵庫・布団。布団は下に敷くと、カビが生えるらしい。ベッドを持っていきたいが、大きすぎて車に入らない。それを母親に伝えると、折り畳みのベッドを買ってくれた。なけなしの引越し費用で、なんとかしようとしていた僕にとっては、最高の贈り物だった。全ての準備が整って、引っ越し前日。レンタカーを借りに行った先には、高校の同級生が働いていた。

「おぉ〜! 久しぶりじゃん! ここで働いてたのか!」

「予約の名前に福田健悟って書いてあったから、同姓同名だと思ってたけど、本人だったのか! なに? どっか行くの?」

「まあな! 東京に行って、一花咲かせようと思ってんだよ」

「え、マジで!? スゲーじゃん! よし! じゃあ、今日は内緒でサービスしとくよ」

有り難かった。道を踏み外していた頃は、周りに応援してもらえることなんてなかった。自分が選んだ道は、間違っていない。そう思うことができた。車を借りて家に帰ると、地元の友達から電話がかかってきた。

「おぉ〜健悟。東京に行くの明日だろ?」

「そうそう」

「じゃあ、付き合えよ! 今日の夜、パーッとやろうぜ」

「おぉ、いいね! 夕飯は家族と一緒に食べるから、21時くらいでいい?」

電話を切って、2階にある自分の部屋から、駐車場に置いてあるレンタカーに荷物を運んだ。昼間から数時間かけて積み込み作業をして、気づいたときには夕方になっていた。風呂で汗を流したあとで、母が予約してくれたレストランに向かった。義理の兄や、姪っ子に甥っ子も集まってくれた。

「けん、頑張ってね」

小さな体から、大きなエールが届いた。売れるまでは帰ってこない。この決意が、揺らぎそうになるくらい温かかった。バイキング形式の料理を腹いっぱい食べて、会はお開き。家に帰って、21時には約束通り、居酒屋に向かった。よく遊んでいた地元の3人衆と、懐かしい話で盛り上がった。

「次はいつ会えるかわかんないけど、元気でな」

いつも馬鹿話ばかりしている彼らの、真剣な語り口調に涙腺が緩んだ。

迷惑かけっぱなしの人生で初めて本気を出す!

時計を見たら23時だった。出発は、明日の朝4時だ。居眠り運転をしないためにも、早く寝ないといけない。友人たちに別れを告げて家に帰ると、遅い時間帯なのにもかかわらず、父と祖母は起きていた。明日の朝は、2人が寝ている時間に家を出る。

出発前に、最後の挨拶をした。祖母は80歳。父と母も、還暦を過ぎている。ひょっとしたら、生きているうちに成功をするのは無理かもしれない。それだけが気がかりだった。祖母は昨日まで泣いていたが、今日は笑っている。最後は笑顔で見送ろうという気持ちが、痛いほど伝わった。

翌朝。母は、朝ご飯の準備をするために起きて、車中で食べるための弁当も作ってくれた。

「気をつけてね。着いたら、連絡するんだよ」

こうして、27年間暮らした街をあとにした。意気揚々と車を走らせたが、数十メートル進んだところで、ハッとした。飲み物がない。高速に乗ってからだと、買うタイミングを逃してしまう。近くのコンビニで買うことにした。中に入って、目当ての商品を物色していると、見覚えのある背中が目に入った。その背中の正体は、数時間前に別れの挨拶を交わした、地元の友達だった。

「次はいつ会えるか分かんないけど、元気でな」

そう言った数時間後に再会。涙ながらの別れだっただけに、気まずかった。さすがに、気づいていないフリをするわけにはいかない。お互い苦笑いをしながら、2度目の別れの挨拶を交わした。

さあ、今度こそ東京へとハンドルを切る時がきた。運転をしながら、いろんな感情があふれ出す。30歳手前で最後のチャレンジをして、失敗をしたら就職は困難。一生アルバイトをして生きていくか、芸人として大成するか。独り暮らしに失敗して野垂れ死に、なんてこともないとは言い切れない。なんせ、初めての独り暮らしで、先行きは不透明。生きるか死ぬか。人生を賭けたギャンブルだ。

そんなことを考えながら高速道路を走っていると、突如として大雨が降ってきた。全く視界が見えない。ワイパーを使っても、歯が立たない。もう死ぬのか? あまりにも早すぎるギャンブルの終焉。そうはいくか。危険すぎるデスドライブを、続けること数十分。ようやく、パーキングエリアが見えてきた。命からがらとはこのことだ。雨が弱くなるまで待って、運転を再開。

約5時間の運転。すると、ぽつぽつと大きなビルが目に入るようになった。これが東京か。物件を決めに来たときには抱かなかった感情。これから僕は、人生で初めて本気を出す。