ユダヤ人移民を多く迎え入れたアメリカは、ホロコーストが起こった後には積極的にイスラエルを支援した。ナチスによって殺された600万人のユダヤ人を救えなかったことを強く後悔するかのように。しかし、そんな出来事も若者たちにとっては過去の歴史となってしまっている今、アメリカとイスラエルを結ぶ絆が弱くなり始めている。

※本記事は、高橋和夫:著『イランvsトランプ』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。 

変わる在米ユダヤ人

イスラエルにとって、アメリカのユダヤ人は両国をつなぐ太い絆の一つである。しかし、両者の間のギャップが目立つようになった。その背景には幾つかの要因がある。まず第一は世代交代である。第二次世界大戦中にドイツ占領下のヨーロッパ大陸で、ユダヤ人の大虐殺が起こった。これはホロコーストとして知られる。

▲ホロコーストの被害にあったユダヤ人の慰霊碑 出典:Shinji / PIXTA

第二次世界大戦末期から、この事実が知られるようになると、アメリカのユダヤ人たちは強い衝撃を受けた。ヨーロッパの同胞を救えなかったという悔悟の念にとらわれた。

その反動ででもあるかのように、ユダヤ人はイスラエル支持へと立ち上がった。ナチスの迫害から逃れられる安全なユダヤ人の国があれば、ナチスのガス室で焼かれた600万人のユダヤ人の命を救うことができたのにという認識である。悔悟の念が深ければ深いほど、イスラエルへの支持は熱かった。

しかしながら、この世代が今や段々と第一線から退き世を去りつつある。若い世代にとっては、ホロコーストが遠い記憶となりつつある。また迫害と弾圧を生き抜いてきたユダヤ人にとっては、いざという時に避難所となるイスラエルという国が必要だとの議論も、説得力を失いつつある。

アメリカでユダヤ人は大変な成功を収めており、ユダヤ人ゆえの差別という経験も稀になりつつあった。少なくともトランプが大統領になるまでは。それ以降はユダヤ人がテロの被害者になるような事例が増えている。

「本物」のユダヤ教徒

第二に、宗派の違いがアメリカとイスラエルのユダヤ人の間の距離感を広げている。これはユダヤ教の伝統をどのくらいまで厳格に守るかの問題である。アメリカのユダヤ人の間では、改革を受け入れる人々が多い。たとえば女性のラビ(導師)がいたりする。ところが、イスラエルでは伝統を守ろうとする考えが強い。となると両者の間に心理的な隙間が生まれやすくなる。

具体的な事例を紹介しよう。イスラエル占領下のエルサレム旧市街の「嘆きの壁」がある。ユダヤ教の聖地である。ここでは壁に向かって左側で男性が祈り、女性は右側で祈る。ところがアメリカの改革的なユダヤ教徒の間では、両者は一緒に祈るべきとの主張がある。保守的なユダヤ教徒は、こうした「改革」を拒絶しており、祈りの形式を巡って両者が対立している。

▲嘆きの壁で祈りをささげる男性 出典:リュウタ / PIXTA

もう一つ例を挙げよう。ユダヤ教への改宗の問題である。現在のユダヤ教は宣教の宗教ではない。つまりキリスト教やイスラム教のように、布教によって信徒を増やそうとはしていない。日本の神道のように、その宗教の家庭に生まれたから、その宗教の信徒になるのである。

しかし、それでもユダヤ教への改宗を希望する人もいる。最も一般的なのは、キリスト教徒がユダヤ教徒と結婚して改宗する場合である。たとえばトランプ元大統領の娘のイバンカは、ジャーレド・クシュナーというユダヤ教徒と結婚した。そして改宗している。そのユダヤ教への改宗は、イスラエルにおいては正統派と呼ばれる宗派のラビによるものしか認められない。

つまりアメリカの改革的な宗派のラビが改宗の儀式を行っても、イスラエルではユダヤ教徒として認められないわけだ。これはイスラエルが、アメリカの改革的なユダヤ教徒を本物のユダヤ教徒として認定しないと言うのと同じである。長年にわたってイスラエルを支持してきたアメリカのユダヤ教徒を、ニセモノ扱いしているわけである。これがイスラエルとアメリカのユダヤ教徒の間の溝を深めている。

そしてキリスト教福音派によるイスラエル支持に、アメリカのユダヤ教徒は居心地の悪さを覚えている。アメリカのユダヤ人の大半はリベラルであり、民主党支持である。共和党支持の岩盤であるキリスト教福音派とは、違う世界観を抱いている。

そして、やはり福音派の支持を受けるトランプを、大半のユダヤ人は嫌っている。トランプの人種主義的な言辞が、反ユダヤ主義を煽っていると感じている。先ほど述べたように、ユダヤ人に対するテロなども発生している。

2016年の大統領選挙では、ユダヤ人の大半は民主党のヒラリー・クリントン候補に投票した。また2018年の中間選挙でも民主党を支持した。ちなみに、この選挙では民主党が下院を押さえた。そのトランプ大統領と福音派の支持を受けるイスラエルに、白けた思いを感じ始めたユダヤ人は多い。そして何よりも、アメリカのユダヤ人のリベラルな価値観と相いれないのがイスラエルのガザ地区とヨルダン川西岸の占領である。