隣室から聞こえるヨガリ声をネタに・・・

芸人になってから一番長く住んだのが、中野坂上にあった家賃4万3000円のアパートだった。木造2階建で1階と2階にそれぞれ2部屋ずつあるだけの小さな建物で、1DKといえば聞こえがいいが、台所と部屋があるだけで洒落っ気などなにもない。とても古い建物だったから部屋はもちろん和室で、壁も昔ながらのザラザラした手触りの砂壁だった。

床は明らかに傾いていて、ビー玉を置けばどこまでも転がっていった。窓もぴったりとは閉まらず、苦肉の策として、段ボールを隙間に当てて、ガムテープで貼り付けたりしたが、やはり冬は冷たいすきま風が入ってきたし、夏はそこから蚊が侵入してきた。

部屋に和式のトイレはついていたが、風呂はなかったから、近所のスポーツジムと契約した。こうすれば月1万2000円の会費で、好きなだけ広い風呂に入ることができる。実質5万5000円の風呂付きアパートに住んでいる感覚だった。

風呂に入るには少し歩かなければいけないのが難点だった。冬は湯船でよく温まらないとアパートに帰るまでに体が冷えてしまう。寒い夜道を歩いていると、吐く息が白くなり、それを見ながら一人ぼんやりと夜空を眺めたものだ。

洗濯機もなかったので、近くのコインランドリーで週に一度、まとめて洗濯をした。男の一人暮らしなんて、数日同じ服を着ていたって誰も気にしないから、それで十分だった。

ルームシェアを選択する芸人もいた。売れない芸人同士でお金を出し合い、そこそこの一軒家や広いマンションを借りて、部屋ごとにテリトリーを決めて暮らすのだ。リビングや風呂、トイレといった水回りは共同で使うから、比較的安い値段でいい家に住めるのがメリットだった。

だが最初は楽しいが、一緒に住むと相手の嫌なところも見えてくることもあるらしい。いびきがうるさくて寝れない、部屋を汚す、足音がうるさいなど、ささいなことで仲たがいして、別居するやつらもいた。名前は言えないが、同居する芸人が彼女を連れてきてエッチを始めたら、あまりに声が大きい子だったようで、それをおかずにリアルタイムでマスターベーションしたなんて芸人もいた。その話はのちのち本人にバレて白い目で見られたらしいが、俺たちは大笑いしたものだ。

ルームシェアしている芸人で一人だけ売れてしまうと、新しく一人暮らしをする部屋を借りて抜ける場合もある。部屋の一室が空くことになり、家賃の負担も大きくなるので、慌てて欠員を募集することになる。