独立国家として最低限のインテリジェンス機能が備わっていない日本に対して、アメリカは長らく軍事情報を共有してこなかった。そのアメリカが例外的に日本へ情報を提供したのが北朝鮮工作船事件。しかし、北朝鮮・中国・ロシアの脅威が現実的となった今日、本当の意味で日本はアメリカの「同盟国」となることはできるのだろうか。長年にわたり極左問題を第一線で取材してきた福田博幸氏が、日本を蝕む「内なる敵=極左」と戦い続けてきた政府機関の真実に迫ります。
北朝鮮の動向を二十四時間態勢で監視する米国
アメリカ陸軍のなかに通称「五〇〇情報部隊」と呼ばれる諜報部隊があります。正式名称は「アメリカ陸軍情報保全司令部第五〇〇軍事情報旅団」。極東の軍事情報を統括している組織です。同部隊の在日組織に「東京渉外事務所」があり、日本の政・官界の窓口になっています。
筆者は同事務所所長と長年にわたって親しくつきあった時期があります。
初代所長はアメリカ生まれの日系二世の米軍人で、占領軍のひとりとして来日したハリー・フクハラ。戦後の警察組織をはじめ、治安機関や防衛省の基礎をつくった人として知られています。後藤田正晴の育ての親であり、後見人でもありました。山崎豊子の小説『二つの祖国』(新潮社/1983年)の主人公のモデルでもあります。
筆者は2005(平成17)年10月にフクハラが来日したときにお目にかかりました。フクハラは後藤田との再会を楽しみに来日しましたが、来日する直前に後藤田が他界したため、再会はかないませんでした。大変残念がっていたことを思い出します。
前述のとおり、五〇〇情報部隊は極東地域の軍事情報を統括しているため、当然、北朝鮮もその対象国に含まれます。北朝鮮に関する軍事情報を収集するとともに、軍事衛星で北朝鮮船舶の動向もチェックしているのです。つまり、北朝鮮の動向は軍事衛星によって24時間態勢で監視されているということになります。
しかし、その軍事情報は日本側には提供されていません。日本のインテリジェンス体制が“未熟”でアメリカに信用されていないからです。独立国家として最低限の機密情報を共有できる体制さえ備わっていないということなのでしょう。
米軍が日本に情報提供を行った特殊事例
そうした状況のなか、例外的に米軍側から情報提供され、日本側がその対応に成功した特異なケースがありました。2001(平成13)年に発生した北朝鮮工作船に対する海上保安庁の射撃撃沈事件です。当時、米軍は軍事衛星で動向を追跡していた北朝鮮工作船が、日本の海域に侵入したことを確認し、海上保安庁に情報を提供しました。
米軍が例外的に海上保安庁に情報提供した理由は二つありました。
一つは、無線の傍受によって工作船の侵入目的が「麻薬取引」だと確認できていたことです。つまり、政治活動が目的の工作船ではないので、泳がせて行動を監視する必要がなかったというわけです。
もう一つは、この工作船が携帯用の小型ロケットランチャーを装備していたことです。海上保安庁の巡視船が、工作船を無防備に取り締まり、ロケットランチャーで反撃されたら沈没しかねません。それを危惧した米軍が事前に通告してくれたというわけです。
通報を受けた海上保安庁は、米軍のアドバイスに従って慎重に取り締まりにあたり、最終的に工作船を射撃して撃沈することに成功します。
それでも、米軍は最悪の事態に備えて推移を見守っていました。そして、撃沈した工作船周辺に散乱した携帯電話などの証拠品の数々を回収する作業も手伝っています。海上保安庁は、回収した携帯電話と米軍の会話傍受の協力によって、麻薬取引の買い手の暴力団を特定しました。こうして、海上保安庁に対する国民の信頼はかつてないほどに高まったのです。
事件のあと、海上保安庁の手によって鹿児島県沖で撃沈した工作船の回収作業が行われ、後日、その工作船が海上保安庁関係施設(海上保安資料館横浜館)に展示されたことでも話題となりました。
この北朝鮮工作船事件の情報提供は、前出の「東京渉外事務所」が行いました。筆者は当時、所長の案内で同事務所を訪問したことがあります。そこで軍事衛星の映像を生で見せてもらう機会がありましたが、衛星の映像には北朝鮮の港から出港する船舶の様子がはっきり映し出されていました。現地の天候が少し悪い日でしたが、それでも船の動向がくっきり映し出されていたのが印象的でした。
「自分の国は自分で守る」という常識さえ教育されず、憲法に明記されない自衛隊の存在、国土防衛上の未整備な諸法規など多くの問題を放置しながら「見せかけの繁栄」を追い求めてきた日本は、その一方で国の安全を米軍の“見守り”に委ねてきました。
しかし、北朝鮮はもちろんのこと、中国やロシアの脅威が現実的なものとして日に日に大きくなっている今日、同盟国としてアメリカとの信頼関係がもっと強化されるよう、日本側の努力と法整備が必要です。
アメリカが持つ軍事情報が当たり前のこととして日本に提供され、日本側からもアメリカに有益な軍事情報が提供できる。「日米同盟」の名に恥じない軍事情報の共有が両国間でできるようになる――そんな日が一日も早く実現できるよう、政治家たちの自覚と具体的行動を願ってやみません。
※本記事は、福田博幸:著『日本の赤い霧 極左労働組合の日本破壊工作』(清談社Publico:刊)より一部を抜粋編集したものです。