「こども哲学」という言葉、初めて聞く人もいるかもしれませんが、TV番組になっていたり、有名小学校などで教科として導入されたり、国際バカロレアのプログラムにある「哲学」との関連性で語られたりと、教育プログラムとしての側面にスポットがあたり、これまでたくさんの関連書籍が執筆されてきました。ひらたくいうと親子で“一緒に考えよう”という遊びです。

※本記事は、川辺洋平:著『自信をもてる子が育つ こども哲学』(ワニブックス刊)より、一部を抜粋編集したものです。

遊びながら話し合うのが「こども哲学」

「こども哲学」のやり方、といっても決して難しいものではありません。基本的には、話し合いです。ただし、ディベートのように相手を言い負かすのではなく、いろいろな考えを認めます。また、みんな考え方が違って面白いね、と終わらず、相手の意見にわからないところがあれば「どうして? どんなときにそう思うの?」などと質問するところが特徴です。

三、四人から十人くらいのグループで、話し合ってみたいテーマを考えるところからスタートしましょう。

最終的にひとつの結論が出る必要はなく、30分なら30分と時間を決めて、終わりの時間になったら終了です。

なんでもない会話を、受け止めるだけでいい

子どもと一緒に哲学をすると、今まさに視界の中にあるものからインスピレーションを受けて「〇〇について話したい」と言います。

何について、という表現が子どもにとって難しければ、その子がわかりやすいような表現で聞いてみるところから始めましょう。例として、3歳の子どもとその保護者のやりとりをみてみましょう。

保護者「お話しようよ」
子ども「いいよ」
保護者「何について話したい?」
子ども「んー」
保護者「……(待つ)」
子ども「でんしゃ」
保護者「でんしゃかぁ。いいね」
子ども「〇〇ちゃん、でんしゃもってる」
~すたすたと電車のおもちゃをとって戻ってくる~
保護者「そうだね、電車もってるね」
子ども「びゅーんてはしるの」
保護者「そうだね」
子ども「……(もうオモチャに夢中)」

最初は、こんな感じです。30分どころか、30秒で対話が終わりました。哲学を愛とか死とか、人生の意義について語るようなものだと思っている人がこれを聞いても、とても哲学だと思えないでしょう。だって、もう家でイヤというほど繰り返してきていることだからです。「こんな会話が哲学なら、わたしもう哲学してる!」そう思ってもらいたいのです。

この例では、子どもが自らの関心を保護者に共有し、子どもなりの最近の研究成果を披露しています。保護者は「電車の何に興味があるの?」「どうして電車について話したいの?」「電車以外に興味はないの?」などと、子どもの関心を掘り下げるのではなく、まず子どもの伝えようとしていることを受け止めようとしています。

哲学の基礎は、探究にあります。その探究は必ずしも、言葉による活動ではありません。例に挙げた子どもは、「でんしゃ」に興味があるでしょう。ひょっとしたら、電車のオモチャで、擬似的に電車を追体験できるのだという「発見」をしているのかもしれません。
あるいは「これが、はしるっていうことなんだよ!」という言葉と動作のつながりを楽しんでいるのかもしれません。

そうかぁ、とまず受け止める。これが「こども哲学」の第一歩です。