政府高官が宿泊できるようなホテルは約350軒

茂田:ホテルが「フレンドリー」ではないけれど、どうしても情報を取りたいというときには、アメリカのNSAと同様に、物理的に侵入するという選択肢もあります。要するに、技術者を派遣して傍受できるよう工作するということですね。このように、ロイヤル・コンシェルジェからは、さまざまな作戦の選択肢があることが漏洩資料から推察できます。

江崎:標的の宿泊先のホテルでインテリジェンスを仕掛けるからといって、別に世界中のありとあらゆるホテルに網を張る必要はないのです。なぜかと言うと、政府高官は必ずセキュリティ上、安全なホテルを選ぶからです。

治安が良くて、安全かつスムーズな車移動ができて、テロ対策もしやすいようなホテル、すなわち、相手国側が警護しやすいようなホテルが必然的に選ばれることになります。僕も政治の仕事に携わっていたので体験上わかるのですが、政府高官が海外を訪問する際には、意図的にそういうホテルを選択しています。

また、ホテルで相手国の政府高官と会合するとなったときにも、そういう安全なホテルでないと彼らも安心して来ることはできません。そうなると、外国の政府高官が宿泊できる条件を満たすようなホテルは、かなり絞られるわけです。

茂田:ですから、ロイヤルコンシェルジェの監視対象になっているホテルは、世界で約350の高級ホテルしかありません。

▲政府高官が宿泊できるようなホテルは約350軒 イメージ:Maxim / PIXTA

茂田:ロイヤルコンシェルジェでは、世界を覆うUKUSAのシギントシステムによって監視対象のホテルと宿泊客のメールのやり取りを途中で捕捉して、GCHQの担当官に送るのですが、むやみやたらにメールを集めているわけではありません。

メールアドレスのドメイン名で特定の国の外務省や国防総省、その他、関心ある省庁宛てのメールだとわかるので、そこだけをピンポイントで集めてくるわけです。そして、そのメールを見て、作戦を考える。

迎賓館の部屋の壁がボロボロにされた?

江崎:第二次安倍政権のときに、拉致問題の関連で、政府高官が北朝鮮とシンガポールで接触したことがバレたことがありました。なぜバレたのか。考えられるのは、飛行機か、宿泊先のホテルです。

日本の場合、政府高官も偽造パスポートを使うことが許されていないので、どうしても本名でホテルを予約せざるを得ないという制度上の欠陥もあります。要するに、秘密の活動や外交交渉といったものは、ホテルを監視しておけば、ある程度チェックできるということです。賢いやり方ですよね。

茂田:実際に宿泊先のホテルがわかれば、「フレンドリー」なホテルなら、電話やFAXの記録を取ったり、コンピュータの通信を抑えたりすることができるわけですが、さらに言えば、政府高官が泊る部屋も限られています。安い部屋には泊まりませんよね。つまり、高級な部屋にはすでにマイクが仕込まれていて、部屋の会話が筒抜けになっているかもしれないということです。

そのように、「フレンドリー」なホテルなら、特別な工作をしなくても、部屋の中の会話まで情報が取れる可能性がある。「フレンドリー」でないホテルの場合は、工作のための技術者を送る。世界中の国はみんなそうやって情報を取っているのです。

江崎日本に来る海外の政府高官が泊まるホテルもある程度、決まっているので、日本としては「フレンドリー」なホテルにしておきたいところですが、なかなか。

茂田我が国では、そもそも外国の政府高官の宿泊するホテルで傍受をしようとする発想がありません。仮に実行して露見すれば、検察が捜査を開始するでしょう。

かなり前の話ですが、某国の首脳が迎賓館に宿泊すると、部屋の壁をボロボロにされるので困る、という話を聞いたことがあります。その国の先着警護担当は、マイクが仕掛けられているのに違いないと、確認のために壁を調査するのですが、当然のことながら見つかりません。

我が国の迎賓館にはマイクは設置されていませんから。ところが、その国の常識ではマイクが仕掛けられていないことは有り得ないので、「ないはずはない」と必死に探すわけです。その結果、壁がボロボロにされてしまう。これくらい、彼我()の常識が違うのです。

▲迎賓館赤坂離宮 写真:t.sakai / PIXTA

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