インテリジェンスにはさまざまな情報収集の方法がある。その最強部門がシギントであり、シギントを知らなければインテリジェンスの話は始まらない。近現代史研究の第一人者・江崎道朗氏が、シギントを現場で体験した元内閣衛星情報センター次長・茂田忠良氏に「ファイブ・アイズ」と「シギント」について聞いてみた。

※本記事は、江崎道朗×茂田忠良:著『シギント -最強のインテリジェンス-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

最強のインテリジェンス「シギント」

江崎:ファイブ・アイズに関しては、我が国でも「日本もファイブ・アイズに入るべきだ(入れるようになるべきだ)」という議論がよく出てきます。そもそもファイブ・アイズとは何か? というところからご説明いただけますか。

茂田:「ファイブ・アイズ」、日本語に直訳すると「五つの目」となりますが、これは通称です。正式にはUKUSA(United Kingdom-United States of America)協定に基づいた、機密情報を共有するシギント同盟のことで、その協定の名称から「UKUSA(ユクサ)」と呼ばれます。

日本ではあまり知られていないのですが、UKUSAは世界最強のシギント機構だと私は考えています。

そこでまず、シギントとは何かというところから説明していきましょう。

インテリジェンスにはさまざまな情報収集の方法がありますが、私に言わせれば、情報収集に関しての最強部門がシギントです。シギントを知らなければ、インテリジェンスの話は始まりません。

シギントには、大きく次の三つの分野があります。 コミント(COMINT:Communications intelligence、通信諜報)、エリント(ELINT:Electronic intelligence、電子諜報 )、フィシント(FISINT:Foreign instrumentation signals intelligence、外国計装信号諜報)です。

江崎:シギントの一つであるコミントとは、具体的には電話・携帯電話・無線通信・インターネット・ファックスなどの通信情報を大量に入手して、分析するというものですね。

茂田:その通りです。コミントとは通信から情報を取り出す諜報活動ですが、さらに、コミントのなかには分析手法の違いで大きく分けて、(a)その通信の中身を読んで理解する手法と、(b)中身は読まないけれど外形的な通信状況がどうなっているのか、大量にそして精密に分析して情報化する手法があります。

前者は、クリプト・アナリシス(crypto-analysis)、いわゆる「暗号解読」です。後者は、トラフィック・アナリシス(traffic analysis)、私は「通信状況分析」と訳しています。

暗号解読だけが「コミント」ではない

茂田:コミントといえば、我々日本人が半ば条件反射的に「暗号解読」を思い浮かべてしまうのですが、戦前から日本の外交暗号や海軍暗号が、アメリカに解読されてダメージを受けた影響があると思います。

しかし、実際は暗号解読だけが情報を取り出す手法ではありません。トラッフィク・アナリシス、「通信状況分析」は一般的に知られていませんが、極めて重要な分析手法です。

これは、通信文の内容を読むのではなく、どこからどこに、何時何分に、無線通信があった、という外形的な通信状況を大量かつ精密に分析する、つまり、通信トラフィック(通信のやり取り)を分析する手法です。そうすることで、じつは暗号解読に劣らない情報を引き出すことができるのです。

「通信状況分析」で何がわかるかと言うと、例えば、海軍艦隊や陸軍部隊の組織編成・所在地や動向を把握することができます。

日本の帝国海軍は、1930年代に米国海軍を仮想敵として、たびたび西太平洋で海軍大演習を行っていますが、米国の開示資料によれば、これらの海軍大演習では、通信状況分析によって、帝国海軍の編成(戦力組成)、対米作戦などを解明できたとしています。

また、日米開戦直前の動向でも、日本の大艦隊がフィリピンやインドシナ、その他の南方方面に向かっている状況を、アメリカは通信状況分析の手法を用いて刻々把握していました。

▲宮崎県にある日本海軍発祥之地碑 写真:mandegan / PIXTA

通信状況分析は、主として無線通信に適用される手法ですが、現代はインターネット通信が主体の時代です。

通信状況分析の現在の発展形が「メタデータ分析」です。

メタデータとは何か。簡単に言うと、通信内容を除く通信に付随するデータ全てです。具体的には、メールアドレス・IPアドレス・通信時刻・グーグルなどでの検索の履歴・地図検索の履歴・訪問ウェブサイト・電話番号・携帯端末の識別番号・通話時刻・位置情報など、たくさんあります。これらを分析することによって、情報を取り出す手法です。

現代では、民間企業が私たちのメタデータを収集、自動的に分析して、私たちが関心を持ちそうな商品を勧めたり、ウェブサイトに誘導したり、などと活用して、利益を上げています。つまり、メタデータ分析はすでに民間で幅広く利用されているわけです。

ここで理解していただきたいのは、コミントといっても、分析手法は暗号解読だけではなく、通信状況分析など多様な分析手法があるということです。