東京女子プロレス所属の鈴木志乃。アップアップガールズ(プロレス)の新メンバーオーディションに応募して合格を勝ち取り、2023年3月にデビュー。その後、2024年5月6日の後楽園ホールでの試合で、初勝利をあげた。デビューして1年2ヵ月後に初勝利という苦労人である。そんな彼女がこれまで言わずに胸に秘めてきた思いを打ち明けてくれた。
元バスガイドという異色の肩書き
現在、東京女子プロレスのトップに君臨するのはプリンセス・オブ・プリンセス選手権者の渡辺未詩。11.16大阪で5回目の防衛戦を控えているが、ここまでの防衛ロードは盤石で、いよいよ「絶対王者」の呼び声も高まりはじめている。
渡辺未詩はアイドルグループ・アップアップガールズ(プロレス)のメンバーでもある。いわゆる二刀流レスラーなのだが、現役アイドルが団体のトップに立ち、多くの観客から支持されるというのは、まさに令和スタイル。
もちろん彼女の闘いっぷりや鍛え抜かれた肉体に圧倒的な説得力があるからなのだが、インターナショナル・プリンセス王座のベルトをSKE48の荒井優希が巻いている現在、新しい時代が女子プロレス業界にやってきたんだな、とひしひしと感じさせられる。
さて、そのアップアップガールズ(プロレス)には渡辺未詩とは真逆の存在がいる。
鈴木志乃。
元バスガイドという異色の肩書きを持つ彼女は、プロレスにはまったく興味がなかったものの、アップアップガールズグループのアイドルになりたい一心でオーディションに応募。見事に合格したものの、プロレスを見たことがなく、運動神経もけっしていいとはいえない彼女にとって、長く苦しい日々が待ち構えていた。
「同期でも、もともとプロレスファンだった子は練習の段階から、簡単にできちゃうんですよ。こういう動きをしてみて、と言われたとき、すぐに理解できるじゃないですか? でも、私の場合、“えっ、どういうことですか?”から入るので、どうしても時間がかかってしまうんですよね。
これは入門したばかりのことだけじゃなく、いまでもそうです(苦笑)。このあいだ、練習で教えたことをやってみて、と言われても、なかなかできなくて。わざわざ先輩方が自分の練習の手を止めて、手取り足取り教えてくださって、1時間ぐらいかけてやっとできるようになるんですけど、そのあとに後輩の子が秒でこなしているのを見ると“あぁ……”と思っちゃいますよね。
私のせいでいろんな人たちの時間を奪ってしまっているわけで、これはなんとかしなくちゃなって。とにかく努力するしかないんですけどね」
デビューから1年2ヵ月後に初勝利を掴む!
デビューしても苦戦、苦闘が続いた。2023年にデビューした同期は自身を含めて6人。これだけ多くの同期が揃うことは、近年の女子プロレス界では異例のことで、文句なしの豊作の年となったのだが、鈴木志乃は完全に出遅れてしまった。
他の同期が着々と初勝利を挙げていく中、連日連夜の黒星街道。「自分が弱いんだから仕方ない」と納得もしていたが「でも、お客さんが対戦カードを見たとき、私の名前を見つけると“鈴木志乃がいるから、こっちのチームの負け確定」って思われてしまう。パートナーにも申し訳ないし、ある意味、お客さんの楽しみもひとつ奪っているわけで……。昨年、取材をしたとき、鈴木志乃はそういって涙を浮かべた。
そんな彼女に変化が生まれたのは、昨年夏のこと。同期だけの6人タッグが組まれたのだが、先輩がひとりもいない試合は初勝利の大チャンス。鈴木志乃はなにがなんでも勝ってやろう、と感情をむき出しにして闘い、その姿に観客も「これはひょっとしたら勝てるんじゃないのか?」と期待し、熱い声援を送った。めちゃくちゃ応援したくなってしまう佇まいは、彼女が持っている天性の才能だと思う。
だが、そんなに甘くはなく、この日も鈴木志乃は敗退。バックステージでは「一緒にはじめたのに、どうして私だけ……」と大号泣。ついには過呼吸を起こして、控室に運び込まれる、という壮絶な結末となった。この日を境に彼女の「エモいプロレス」は前座名物になるのだが、勝てない日々はまだまだ続いた。
そんな日々にピリオドが打たれたのが今年の5月6日。後楽園ホールで組まれた同期・凍雅とのシングルマッチ。168㎝の長身を誇る凍雅は期待の有望株で、この日も鈴木志乃の敗色は濃厚だった。
しかし、勝ったのである!
強引に丸めこんでの3カウント。凍雅は自身の体躯に負けてしまったような形になったが、デビューからじつに1年2ヵ月目にしての待望の初勝利に、後楽園ホールの客席は沸きに沸いた。
「綺麗な技で3カウントを奪ったわけではないですけど、プロレスはどんな形であれ、3秒間、相手の肩をマットにつけたら勝ちじゃないですか? 私は技じゃなくて気持ちで勝った。だって、今の私にはこれしかないんですから! ただ、いままで勝ったことがないから、どうすればいいかわからなくて、試合後、ちょっと挙動不審になりましたけど(笑)。
その日の特典会でファンの方がものすごく喜んでくださって、あぁ、勝つってこういうことなんだ! って実感しました。でも、これがデビューから負け続けてきた私の物語のゴールみたいに考えている方もいらっしゃるみたいですけど、それは絶対に違いますから! やっと勝って、ここから本当の物語がはじまるんですよ」