戦力均衡に綻びが生まれてしまう可能性

MLBにおいて、チームが一般的に佐々木選手級の「完成形に近い若手有望株」を得られるのはドラフトのみであり(2023年より上位指名のロッタリーが採用をされたものの)、基本的な考え方としては、前年シーズンの成績の悪い順にウェイバー制にて指名が行われます。

更にドジャース、メッツ、ヤンキースのように選手総年俸が極めて高い(MLBが定めた贅沢税の閾値を大幅に超えた)チームには指名順のペナルティが課されるのです。つまり、強いチーム、お金のある球団ではなく、戦力が整っていないチーム、お金に余裕がないチームから最も有望な選手たちを獲得できるようにすることで、戦力均衡を維持しているんです。 

逆にこのような「完成形に近い若手有望株」に行き先の選択肢を与えてしまうと、誰もがドジャースのような常勝かつプレー環境が良いチームを選ぶでしょう。強いチームと他のチームとの差が次第に開き、戦力均衡に綻びが生まれてしまうことになる為、ドラフト制度は必須です。

一方、佐々木選手はドラフト経由ではなく、国際アマチュア選手の制度に則って国際フリーエージェント(FA)として契約。国際FAは、本来は未完成な素質型の16歳程度の中南米選手が対象であり、言ってしまえば博打要素が非常に高い。

確実性がより低い、各チームの育成施設に紐づいているため、戦力の分散がされている、など様々な要素が働き、結果的には国際FAにチーム選択の自由を与えても戦力均衡上問題にならないでいました(他の側面では多くの問題を抱えるが、こちらも今回は割愛)。しかし、23歳のプロリーグ経験者に同様の制度を充てるのは無理があります。

昨年オフに、同じくNPBからポスティングシステム経由でMLB各球団と交渉し、3億2,500万ドルの超大型契約を締結した山本由伸選手もドジャース入りを果たしています。しかし、ドジャースは山本選手へ相場相応の対価をしっかり払っているので、この獲得単体では戦力均衡的には問題ないと言えるでしょう。

一方、佐々木選手は山本選手ほどの実績をNPBで残していないものの、4シーズンを通して極めてレベルの高い投球を魅せ、瞬間風速での成績(2022年の17回連続パーフェクト投球)や素質(165kmストレート)では、山本選手以上とも言えるところもありました。

仮に、現在の年俸制限のないFAとなっていた場合、2~3億ドル規模、可能性としてはそれ以上の契約が見込まれる選手をドジャースは数百万ドルの契約金、そしてそこから6年間市場価値より遥かに低い年俸(3年間は最低年俸である76~78万ドル程度。その後3年間は年俸調停制度下にて決定)にて保有できます。

山本選手とたった2年違うのみでこれだけの差が生まれることは不可解である上、そのメリットを収受するのがMLBで最もお金に困っていないといえるチームである点は、戦力均衡の欠落に繋がりかねないと考えます。

改めて、「完成形に近い若手有望株」に「チーム選択の自由」を与えるのであれば、少なくともチームはそれに相応した対価を支払うべき。今回、ドジャースが佐々木選手を契約金650万ドルのみで獲得を出来た点は、問題と言えるでしょう。

そして、冒頭の問題提起に戻ると、これまでの話だけをもって「戦力均衡が崩壊した」とは言えません。一方、少なくとも現行のポスティング制度や国際FA制度の見直しが急務であり、本記事で触れていない幾多の問題含めMLBの運営に改善の余地は幾多あるでしょう。

※誤解なきようにお伝えしますが、これはドジャースに限らず、お金が潤沢にある球団、もしくは戦力が整っているチームを佐々木選手が選べることが問題視されるべき点であり、ドジャースや佐々木選手が批判されるべきではない。

机上では、最強戦力を揃えたドジャース。2025年シーズンの戦績は大いに注目されるが、ドジャースを中心としてMLBが制度面をどのように改善し、エンターテインメントとして進化をしていくか。様々な意見がある中ではありますが、楽しみにシーズン開幕を待ちましょう。

※記事内に出てくる年俸データはSpotrac社、Baseball Prospectus社より引用