しょっつる(塩魚汁)

くさい度数★★★

日本の代表的な魚醬(ぎょしょう)のひとつが、しょっつるである。

しょっつるは秋田県の特産品で、もともと沿岸部の各家庭で旬の魚を使ってつくられていた。だから、さまざまなつくり方があるが、基本的にはハタハタ(鰰)を原料とし、飯・麴・塩のほか、ニンジン、カブ、コンブ、ユズなどの風味物も混ぜ込んで樽に漬け込み、蓋をして重石で密閉する。普通もので2年、上等もので4〜5年発酵・熟成させる。

ハタハタ イメージ:PIXTA

近年はハタハタの漁獲量が減ったために、イワシや小アジ、アミ、コウナゴを使ったり、魚と塩だけでつくる場合も多いが、いずれの場合も、数年漬け込んでいる間に魚は溶けてドロドロの汁となる。これを漉(こ)して加熱殺菌したものが、しょっつるである。

数年にわたる発酵・熟成期間中に、原料の魚からうまみ成分(アミノ酸)が抽出されると共に、 発酵微生物〔主として耐塩性乳酸菌と酵母〕が作用して特有の味やにおいをつくり出し、円熟した香味の天然発酵調味料が仕上がるのである。熟成期間は長ければ長いほど、まろやかさと芳醇さが増していく。

円熟した香味といえば聞こえはいいが、大豆醬油に慣れている人にとって、しょっつるの発酵臭はかなり強烈である。「くさや」のにおいを若干マイルドにしたような感じだから、初心者は鍋や煮ものなどに隠し味程度に使うところから始めるといいだろう。

しょっつるを使った料理といえば、秋田名物のしょっつる鍋や貝(かや)焼きがよく知られている。煮ものや汁もの、鍋などに入れると、においはほとんど気にならなくなるばかりか、ぐっと食欲を搔き立てるにおいとなり、さらに料理の具材と調和してなれあい、コク味やうまみがぐんと増し、大いに食欲をそそる調味料に変身するのである。

しょっつる鍋 イメージ:PIXTA

これが魚醬の醍醐味で、風味が変化する秘密は、しょっつるの原料魚から溶出した塩基性の臭気と、アミノ酸やペプチド、核酸にあり、これらがうまみを演出するとともに、鍋で煮込むと魚のくさみを包括して消してしまうという、いわばマスキング効果があるのだ。

しょっつるのくさみとうまみを知ってしまうと、もう後戻りできないほどの魔性の力をもっていて、従来の植物原料の醬油では物足りなくなってくるのである。

普段の料理でも、「なにか一味足りないな」というときにとても便利で、煮込みうどんやラーメン、炊き込みごはん、チャーハン、パスタなどに使うととてもうまい。焼き魚を焼く前に、しょっつるをちょっと垂らすのも 乙で、慣れてきたら、タイやフグなどの白身魚の刺身にもぜひ使ってみよう。

自らを“発酵仮面”と称し、世界中の魚醤(ぎょしょう)を食べつくしてきた小泉教授に、それぞれの「くささ」の度合いについて星の数で五段階評価してもらった。 発酵食品は宿命的に、くさいにおいを宿しているが、それこそが最大の個性であり魅力なのだ。

「くさい度数」について
★あまりくさくない。むしろ、かぐわしさが食欲をそそる。
★★くさい。濃厚で芳醇なにおい。
★★★強いくさみで、食欲増進か食欲減退か、人によって分かれる。
★★★★のけぞるほどくさい。咳き込み、涙する。
★★★★★失神するほどくさい。ときには命の危険も。

※本記事は、小泉武夫:著『くさい食べもの大全』(東京堂出版:刊)より、一部を抜粋編集したものです。