体罰はダメ、褒めるしつけが大切という概念から、なるべく犬にストレスをかけない、なるべく犬に不快を与えないようにしたいと考えている飼い主さんも少なくないでしょう。ですが、人と犬が共生している以上、飼い主が犬の不適切な行動を抑止する必要は少なからずあるのではないでしょうか。「動物の精神科医」とも呼ばれる獣医行動診療科認定医が、犬の脳とココロのしくみを解説することで咬みグセ(攻撃行動)の原因にアプローチし、解決方法のヒントを提示します。

※本記事は、奥田順之:著『“動物の精神科医”が教える 犬の咬みグセ解決塾』(ワニブックス刊)より、一部を抜粋編集したものです。

咬まれるのは我慢を教えていないから

人と犬が共に暮らす以上、利害の衝突は無数に存在し、犬にとって我慢しなければならない場面はいくつもあります。

我慢とは、「少し先の報酬を得るために、目の前にある報酬を獲得する行動をとらないこと」や「少し先の報酬を得るために、現在受けている苦痛から逃れようとする行動をとらないこと」を指します。

サークルに入るのも、散歩中に引っ張らずに歩くのも、我慢が必要です。飼い主の服を引っ張らないことも、決められた場所で排泄することも我慢です。我慢を我慢だと思わずに当たり前にできるようになっていれば、問題は起こらないのですが、それができないといろいろな問題行動が起こります。

我慢を教えられていない飼い主は、必然的に咬まれることも多くなります。我慢力のない犬は少しでも嫌なことがあると、我慢せずに、嫌なことを避けようと行動します。回避のための行動は攻撃に発展しやすいため、我慢力のない犬は咬む危険性が高くなります。

犬も人と同じく調和を保ち社会を形成できる

我慢力は、少し先の利益を予測し、現在の衝動を抑える能力といえます。

この少し先の利益を予測している脳の部位と、現在の衝動を生じさせる脳の部位は異なっています。脳の各部位は複雑に関係しており、一部の部位だけが我慢や衝動に関わっているとは一概には言えないのですが、少し先の利益の予測を担っている脳の部位は、主に大脳にある前頭連合野という部分です。大脳の前方といえばわかりやすいでしょうか。いわゆる理性を司る部位です。

そして衝動を生じさせている脳の部位は、主に情動を司る大脳辺縁系です。大脳辺縁系には恐怖の中枢である扁桃体や、ストレス反応にも大きく関わる海馬も含まれます。

前頭連合野は計画を立てたり、計画に基づいて順序よく行動したり、適切な判断をしたり、状況を判断して、ある行動をしないことを選択したりする機能をもっており、我慢の脳と呼ばれることがあります。特に人で発達しており、大脳全体の29%を占めます。犬では7%と人に比べれば小さいですが、しっかりと我慢の脳をもっています。

また、前頭連合野は大脳辺縁系とつながっており、大脳辺縁系が恐怖やストレス、食欲や性欲などの衝動を感じた時にも、その場の状況と調和させるために、それらの衝動を緩和させる機能をもっています。前頭連合野があるからこそ、人も犬も自分の欲求だけ押し通すのではなく、他者との調和を保ち社会を形成できるといえます。