宇宙の始まりから、地球の誕生、生命の誕生まで――私たちが暮らす、この銀河系には誰かに話したくなる壮大なロマンや、まだ解明されていない不思議な世界が広がっている。宇宙科学界を牽引する学者・高橋典嗣氏が、最新の研究結果から宇宙がどのようにして生まれたのかを解説する。

※本記事は、高橋典嗣:著『地球進化46億年 地学、古生物、恐竜でたどる』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

誕生直後のインフレーションとビッグバン

宇宙はどのようにして生まれたのでしょうか。近年、アメリカのアラン・グース博士と日本の佐藤勝彦博士が、それぞれに提唱した「インフレーション理論」によって、宇宙誕生の瞬間の描像が明らかにされています。

1929年、アメリカの天文学者エドウィン・ハッブルは、遠方にある銀河ほど速い速度で遠ざかっている事実、つまり、宇宙が膨張していることを観測により突き止めました。こうして、宇宙の空間は有限であること、さらには宇宙の年齢が示されたのです。

▲ESO(ヨーロッパ南天天文台)のプロジェクト「ギガギャラ クシー・ズーム」の一環として撮影された、天の川銀河面の360度パノラマ画像 ©ESO/S.Brunier

そしてこれは、現在の宇宙で見られる無数の天体をつくり出すためのエネルギーが、狭小の空間に集まっていたことを意味します。この「ハッブルの膨張宇宙論」を受けて、1948年にアメリカの物理学者ジョージ・ガモフは、宇宙は誕生時、超高温・超高圧の火の玉のような状態だったという説を発表します。

これが、ガモフの「火の玉宇宙論」で、のちの「ビックバン宇宙論」のもととなりました。しかし、このガモフの考えは、まるでデタラメだと周囲から酷評されます。ビッグバンという名も「デタラメな、ほら吹きのような理論」という皮肉な意味でつけられていたのです。

ところがその後、ガモフがその存在を予言していた「宇宙背景放射」が実際に観測され、ビッグバンが起きていた証拠が得られました。

しかし「火の玉宇宙論」は「宇宙に始まりがありビッグバンが起きたのなら、宇宙背景放射は地平線の決まった方向からくるはずなのに、あらゆる方向からくるのはおかしい(地平線問題)」「宇宙がどこも同じような構造をしている理由を説明できない(平坦問題)」など、大きな問題点を抱えていました。

こうした問題を一気に解決して、宇宙誕生時を説明できてしまうのが先のインフレーション理論です。 インフレーション理論によれば「無」から生まれた宇宙は、素粒子よりもはるかに小さかったにもかかわらず、高い真空のエネルギーをもっていたというのです。

この「無」がキーワードで、誕生直後の宇宙は空っぽのように見えて、じつは物理的な実体をもっている空間自体が、エネルギーをもっていたと考えます。

この真空のエネルギーをもとにして「宇宙はインフレーションという指数関数的に広がっていく急激な膨張をし、そのあとビッグバンが起こった」と説明するのがインフレーション宇宙論です。

誕生から約38万年後に起きた「宇宙の晴れ上がり」

宇宙は誕生直後に加速膨張(インフレーション)し、ビッグバンを起こします。その後は現在まで膨張を続け、宇宙は空間をどんどん広げていきました。

そもそも宇宙は、いつ頃誕生したのでしょう。

▲『地球進化46億年』(小社刊)より

ビッグバンによって、1兆℃の1億倍という「火の玉」のようになった宇宙は、空間を広げながら徐々に冷えていきました。誕生から1万分の1秒後には約1兆℃まで下がり、自由に飛び回っていた素粒子(クォーク)が集まって、陽子や中性子などの核子をつくります。

そして誕生から3分後、宇宙が約10億℃まで冷えると、陽子と中性子が結合して水素・重水素・ヘリウム・リチウム・ベリリウムといった、軽い元素がつくられました。

誕生3分後の宇宙は、まだまだ高温で原子核はすぐに壊れてしまい、安定して存在することはできません。この状況に終止符が打たれたのは、誕生から約38万年後、宇宙の温度が約3000℃にまで下がったときです。

陽子と電子が結びついて、水素原子が次々と誕生し、それまで雲のように光の進路を妨げていたプラズマ状態の空間がなくなったことで、光は遠くまでいけるようになりました。これは文字どおり、立ちこめていた雲が一気に晴れたような劇的な変化で「宇宙の晴れ上がり」といわれています。

宇宙の晴れ上がりにより、まっすぐ進めるようになった光は「宇宙背景放射」と呼ばれ、その後の宇宙膨張の影響を受けて波長が引き延ばされ、絶対温度2.7K(約マイナス270℃)をピークとする、波長7.35cmのマイクロ波という電波になって地球に届いています。

この宇宙背景放射は、全宇宙でほぼ均一に広がっていますが、精密に観測したところ、エネルギーに10万分の1程度のムラがあることがわかりました。そして、このムラを分析すると、宇宙の年齢がわかるようになったのです。

2013年4月、ESA(欧州宇宙機関)の観測衛星プランクの観測結果により、宇宙は約138億歳であること、すなわち約138億年前に誕生したことがわかりました。

さらに、宇宙の密度パラメータを分析することによって、わたしたちの宇宙はこのまま膨張し続けるのか、それとも膨張は止まってしまうのか、あるいは逆に収縮に向かうのかを知ることができると期待されています。