『M-1』は夢の舞台(小田)、無縁のもの(こがけん)

――小田さんは『M-1』への憧れがずっと強かったそうですね。芸人になった当初は、モンスターエンジンの西森さんとコンビを組まれていたようですが。

小田 夢の舞台でした。僕が芸歴1年目のときに始まったんですけど、その当時の相方が西森で。まだ憶えてます。『M-1』のパンフレットに“審査基準、とにかく面白い漫才”って書いてあって……二人で震えましたね。ここでチャンスをつかもうって思ってましたし、(ピン芸人になってからも)毎年楽しみに見てました。ただ、それは芸人としてではなく、いち『M-1』ファンとして。自分には関係のないもので、年に1回のお祭り、一番楽しみなテレビ番組としてでした。

こがけん 僕は前に組んでいたコンビを解散してからは、無縁のものだと思っていたというか。芸人ではあるんですけど、芸人の目線では見てないような大会だったので、この人が優勝か……悔しいな、みたいなことを思う対象でもなかったんです。組んでいたコンビでも最初は漫才をやってたんですけど、特性的に合わなかったので結局コントをやることになって。芸人を目指す人のほとんどは漫才への憧れを持っていると思うんですけど、僕にもそういう憧れは漠然とありました。

小田 僕はコンビは無理やということで、10年以上前にドロップアウトして『M-1』は憧れ、夢のはずやったんですけど……なんで、こんなことになったんですかねぇ?

――急に我に返りましたね(笑)。

小田 いや、毎日ほんまにびっくりしてます。

こがけん 不思議な感覚ですよ。決勝から時間が経って今、余計に変な感じです。

小田 決勝から夢中で突っ走ってきたから、あのときのことを振り返ってないんですけど、今考えたらとんでもないことをしたんやなと思いますね。

腹立つポーズ? 世間ではかわいい言われてるわ

――決勝のファーストラウンドで得点が出た瞬間、小田さんが目を点にしながら髪の毛をかきむしってたのが印象的でした。

小田 あんな点数が出るとは思ってなかったんで。

こがけん 僕、何回もシミュレーションしたんです。(観客に)ウケるかなとは思ってたんですよね。でも、審査員の点数は……。僕らは歌ネタで、その前の年に歌ネタをやったニューヨークの結果が振るわなかったり、僕らより前に出た東京ホテイソンが片方だけ声が大きいとバランス的なことも言われていて、いやいや、うちらも同じじゃんみたいな気持ちがあったんです。けど、微調整するつもりもなかったので、そのまま行ったらああいうことになりました。

小田 あの瞬間のことは、ほんまに憶えてないんですよ。あとで映像を見て、あぁ、こんなリアクションを取ってたんや。だいぶ喜んでるなって思いましたけど。

こがけん え? じゃあ、あの腹立つヤツは憶えてないんですか? 小田さん、こうやってやってましたけど(と、決勝で小田が笑顔でやっていた両手を組んで胸の前で体を横に揺らすポーズをやってみせる)。僕、後日録画であれ見た時、げぇ吐きそうになりましたよ。

小田 嘘ぉ!……けど、世間ではかわいいって言われてるわ。

こがけん かわいいと思われたいからって意識しちゃって。

小田 いや、最近はおまえのほうがかわいいって思われようとしてるやん。

こがけん してない! もちろん嫌われたくはないですけどね。42歳であれはマジでやばいなって思いましたよ。

小田 ちゃうねん。俺、リアクションに(感情が)マジで出てまうねん.。

こがけん (笑)。僕は乱視なんで、審査員のみなさんが何点をつけてくれたのかは見えてなかったんです。けど、金色は90点台ってわかってたんで、金色だ! と気づいてからは……もう最高の気分でした。

おいでやすこがさんへのインタビュー記事は、3月12日発売の『+act. (プラスアクト) 2021年4月号』に全文掲載されています。