遅咲きの芸人になれるかどうかの瀬戸際で・・・
「バラエティー番組というのは面白いとこ、面白いとこをつないでいく作業で出来上がっています。スベったりしても『やってしまった』とか思わないこと。そこは切られるだけ。オンエアは絶対に面白くなっているから、僕らの編集を信じて思いっきり話してください」
収録前に、プロデューサーの加地さんはそう言った。
待ちに待った『アメトーーク!』(テレビ朝日)の「40歳過ぎてバイトやめられない芸人」の収録が始まろうとしていた。
俺たち「40歳過ぎてバイトやめられない芸人」はテレビに慣れてない。だから、とても緊張していたんだと思う。硬い空気を感じてか、加地さんは空気を和ませてくれた。俺もすこし気が楽になった。
ひな壇に座る。手に汗をかいているのを感じる。だけど、やることをやるだけだ。カメラが回り、スタッフがカウントダウンを始める。
ここまでの長い道のりが頭に次々と浮かんできた。
芸人をやめるという選択肢は常に身近にあった。
独身時代は、もし自分が結婚して子どもが生まれたら、諦めがつくんじゃないかと思っていた。
自分が好きなことをしたいがために、家族を巻き込んで貧しい思いをさせてる場合じゃないだろう。愛する我が子のため、そして家族のために、ちゃんと就職して、安定した暮らしを送るのかもしれない。
実際にそういう理由でやめていった芸人をたくさん見てきたから。
だが、結婚して初めて我が子を抱いたときに思った。
「この子のせいで夢を諦めた、なんて言いたくない」
お前が生まれてくるまで、お父さん散々な人生で泣かず飛ばずだったけど「お前が生まれてからは、めちゃくちゃ仕事が増えたんだぞ!」と言いたい。
「お前が生まれてから、父さんの人生はとてもハッピーになったんだぞ。生まれてきてくれてありがとう!」と言ってやりたい。
息子が生まれたばかりの頃、そんな気持ちになったことをふと思い出した。感傷的な気持ちになってしまったのは、今日は人生の転機となるかもしれない収録日だからだ。
芸人なら誰もが出たいと思う番組があるとしたら、それは『アメトーーク!』。そんな人気番組から声がかかった。
オーディションには40歳を過ぎても、なかなか日の目を見ない芸人たちが何十人と来たらしい。そのなかから俺は選ばれた。
2020年はコロナ禍で芸人の仕事など皆無。主な稼ぎといえばウーバーイーツ、そんな状況だったから、出演が決まった喜びもひとしおだった。
収録のすこし前に、中京テレビの『オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。』で、TAIGAナイトを3週またぎでやってくれたのが大きかったのかもしれない。
『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS)では、ぺこぱが「僕らの師匠」と名前を出してくれ、さらに再現VTRでも登場した。
愛する後輩のオードリーとぺこぱのおかげで追い風が吹いているのを、俺は確かに感じていた。