自分の道は自分で決めて生きてきた
――お父様から「ボクシングをやってみたら?」という誘いはなかったのですか?
シャー:一切なかったですね。「お前がボクシングやったら強いと思うよ。リーチが長いから」というようなことは言われましたが、強制はしなかった。「やりなよ」とも言われなかったです。
――お母様はどういった方なのでしょうか?
シャー:普通の主婦です。スポーツをやっていたという話も聞いたことがないです。でも、母のほうが柔道に興味を持ってくれていましたね。いまだにルールはわかっていないんですけど(笑)、小さい頃から熱心に応援に来てくれていた覚えがあります。
スポーツ関係の話が家で出ることはなかったです。自分から「今日、試合でこんなことがあってさ~」と話すこともなかったです、伝わらないので(笑)。試合の結果だけ言ったくらいですね。「今日勝ったー」って。
――そうだったんですね。あまり口うるさく言われない家庭だった?
シャー:スポーツ面では言われませんでしたが、教育面では母にかなり厳しく言われて育ちました。勉強はしっかりしなさいと口酸っぱく言われましたね。
中学校までは、文武両道という感じで柔道も勉強も両方頑張っていました。でも、高校に入ったら勉強そっちのけで柔道づけの日々でしたね。
――進路の相談などはご両親にされたんですか?
シャー:していないです。両親は日本の学校事情はわからなかったと思います。進路は学校の先生方に相談に乗っていただいていました。
先生からのお話も大事にしつつ、最終的には自分で道を決めて進みました。いま思うと、いつでも柔道をやめられる環境だったんですよね。親も止めなかっただろうし。
――シャー選手の思う柔道の魅力とはなんでしょうか?
シャー:単純にスポーツとしての勝ち負けだけじゃなくて、教育的な側面もあることが、僕はとても魅力的だと思っています。
柔道はコンタクトスポーツで、お互いに投げて投げられてを繰り返します。自分も投げられたら痛いように相手も痛い。そう思うと、お互いリスペクトの精神が生まれて、相手を見下すようなことはしません。
また、礼に始まり礼に終わるから、負けても怒りに任せて勝手に退場することなどはできません。どんなに悔しくても相手を敬い、一礼して終わる。
こんなに礼儀正しくて素晴らしいスポーツはないと思っています。
――確かにそうですね。そんな柔道をやめたいと思ったことはありますか?
シャー:あります。まず性格がアスリート向きじゃないんです。負けず嫌いじゃないし、相手の気持ちを第一に考えちゃうんですね。
でも、アスリートってそうじゃなく、自分に矢印を向けている人が多い気がします。自分のやるべきことにフォーカスする。一流の選手と言われる人たちって、究極の負けず嫌い、ナルシストだと思うんです。まわりを蹴落としてでも自分がNo.1になる、という思いで取り組んでいるはず。
そういう環境に自分がいるというのが、つらいときもありました。肉食獣の群れの中に草食獣が紛れ込んでしまったような……。大学では特にそういう(辞めたいという)思いを抱くことが多かったです。
でも、その経験を乗り越えたからこそ、さらに強くなれたのかな、と今になって思いますね。
――今は日本で活動されていますが、将来パキスタンに拠点を移すことも考えられていますか?
シャー:すぐにはないですが、それもいいなとは思っています。でも、パキスタンのスポーツ現場、教育現場をどうにかしたいと思っていても、今の自分じゃ何も変えられないのが現状です。
なので、政府とか連盟に影響を及ぼせるくらいの人間になれたらなと。そのためにも、今は日本で柔道を頑張りながらビジネスを学んでいきたいです。
――今後の目標を教えてください。
シャー:まずは、このあとに控えている2つの試合に照準を合わせています。これから90キロ級で戦うための体と筋力を仕上げていきたいと思います。選手として悔いのないようにすべてを全力で取り組み、その結果でパリ五輪を目指すのか決めます。もちろん、パリ五輪を目指すと決めたら本気で金メダルを目指していきますよ!
僕が柔道を続けられているのは、サポートしてくださるスポンサーの方々をはじめ、まわりの皆さんのおかげです。その方たちへの感謝の気持ちをずっと忘れずに、一日一日を大切にしたいと思います。
――貴重なお話を聞かせてくださり、ありがとうございました。
シャー:こちらこそ、ありがとうございました!
後編では、柔道を始めた驚きのきっかけや、柔道の魅力、つらかったことなどを語ってくださいました。パキスタンと日本の懸け橋になるべく、シャー選手は今後も走り続けます。NewsCrunch編集部では、今後もシャーフセイン・シャー選手を追いかけていきたいと思います!
〇東京五輪パキスタン代表:シャーフセイン・シャー選手【Crunch-special-intervieW-前編-】
出⾝地:イギリス⽣まれ、⽇本育ち、パキスタン国籍
⾔語:⽇本語、英語、ウルドゥー語
学歴:練⾺区⽴貫井中学校→安⽥学園⾼校→筑波⼤学卒業
柔道歴:23年 / 192cm 100kg
*現在フリーで活動する柔道選⼿(都内住み)
2016年リオオリンピック柔道100kg級パキスタン代表として出場→パキスタン史上初の柔道オリンピック選⼿となる。2021年東京オリンピック出場。