2024年1月19日から映画『ゴールデンカムイ』(作:野田サトル)の実写版が公開される。杉本佐一役には山崎賢人、アシリパ役は山田杏奈、鶴見中尉役は玉木宏、日本映画界を代表する豪華な俳優陣が揃っている作品だ。

時代は日露戦争終結後。元陸軍歩兵の杉本佐一とアイヌの少女アシリパが北海道を舞台に埋蔵金を探す旅に出る。登場・冒険・歴史・アイヌの文化までが絡み合う、和風ウェスタン。今回は影の主役といえる鶴見中尉率いる、実在した陸軍歩兵第七師団の本当の姿を紹介しよう。

陸軍歩兵第七師団はどういう部隊だったのか

今更ながらの説明だが、主人公はアイヌの少女アシリパ、そして元軍人で日露戦争に際して「不死身の杉本」の異名で知られた杉元佐一である。公式ファンブックによれば、二人が出会ったのは1907年2月のこと。日露戦争が終結してから2年2か月後のことだ。

杉元は神奈川県の出身で、東京に司令部を構える陸軍第一師団に所属。瀕死の重傷を負っても翌日には走り回り、銃剣でも機関銃でも砲弾でも殺すことができない。本来であれば金鵄(きんし)勲章をもらい、ぬくぬく年金暮らしを送れるはずが、気に入らない上官を半殺しにたことで全てご破算になったとの設定である。

この杉元&アシリパのコンビと同じく、アイヌの金塊探しに乗り出し、唯一の手掛かりである刺青人皮の争奪戦に参加するのが、旭川駐屯の第七師団で小隊長を務める鶴見篤四郎中尉で、その下にはロシア語に堪能な月島基、薩摩隼人を絵にしたような鯉登音之進、杉元に双子の弟を殺され復讐の念に燃える二階堂浩平、偏執的なまでに鶴見に心酔する宇佐美時重など、クセの強い者ばかり揃っている。

〇映画『ゴールデンカムイ』スペシャルムービー【1月19日(金)公開ッ‼】[東宝MOVIEチャンネル]

作中における鶴見中尉と第七師団は、影の主役と呼んでもよい存在。鶴見中尉は架空の人物だが、第七師団は実在した組織なので、実際にはどういう部隊だったのか、作中の時間軸とあわせ、説明しておいたほうがよいだろう。

第七師団は北海道の防備と開拓を兼ねて設置された屯田兵を前身とし、日清戦争と三国干渉のあと、来るべき対ロシア戦争に備えるため、北海道と東北で新兵の徴募が実施され、再編なった1896年5月12日には第七師団の名を付与されたが、屯田兵を前身とする性格上、「北鎮部隊」とも呼ばれた。

駐屯地は旭川と月寒(現・札幌市豊平区月寒西)。歩兵第十三旅団と歩兵第十四旅団、騎兵第7連隊、砲兵第7連隊、工兵第7大隊、輜重(しちょう)兵第7大隊からなり、一個旅団は二個連隊、一個連隊は三個大隊、一個大隊は三個中隊、一個中隊は四個小隊という編成だった。

平時の兵営は連隊単位で異なり、戦時の行動も連隊か大隊単位で動くことが多く、歩兵第十三旅団は歩兵第二十五連隊と二十六連隊、歩兵第十四旅団は歩兵第二十七と歩兵第二十八連隊からなっており、連隊長の階級は大佐か中佐が通常だった。

日露戦争では乃木希典中将を司令官とする第三軍の増援として海を渡り、旅順要塞への総攻撃開始当初は総予備として後方に配置されるが、右翼担当の第一師団、中央担当の第九師団、左翼担当の第十一師団がいずれも死傷者多数で、壊滅的打撃を被るにおよび、いよいよ第七師団が主力として最前線に立つ番となった。

第七師団が冷遇された事実はない!?

このときの作戦は、旅順要塞への正面攻撃から、旅順港を見下ろす位置にあり砲弾を放つに適した二〇三高地の奪取に切り替えられている。第七師団による二〇三高地攻略戦が開始されたのは1904年11月30日のことだった。

第七師団による突撃は、文字通りに敵味方の屍を踏み越え、乗り越えて敢行された。ロシア軍の抵抗も激しく、占領地点を奪回されることも一度ならず。それでも12月5日の夕方には、二〇三高地の西南山頂と東北山頂を占領。ロシア軍の逆襲も退け、旅順港砲撃に必要な足場を確保することに成功した。

翌年の2月から3月にかけて行われた奉天会戦でも第七師団の奮戦が目覚ましく、特に二〇三高地の奪取が戦争全体の帰趨に大きな影響を与えたことから、第七師団を日本陸軍最強とする呼び声が広く定着することとなった。総兵力約1万人のうち3000人超の戦死者を代価に得た栄誉だった。

『ゴールデンカムイ』の鶴見中尉はロシア事情に通じており、彼我の戦力を冷静に分析する観察眼も有していたため、正攻法を繰り返すばかりの作戦に否定的だったが、上からの命令に従うしかなく、次々に死んでゆく戦友および半死状態の戦友の体を弾除けに使いながら突き進み、ロシア軍の堡塁に設置された機関銃を次々と破壊。鶴見中尉こそ二〇三高地の占領に際し、その頂に国旗を突き立てた小隊長として描かれる。

本来であれば、第七師団の将兵には勲章や報奨金が贈られるところが、師団長の花沢幸次郎中将が多大な犠牲者を出したことに責任を感じ、帰国後に自刃したことで、鶴見中尉以下、第七師団の運命が暗転する。日本政府首脳が、これを部下たちの落ち度として、同師団に対するあらゆる報奨を取りやめにしたからである。

第七師団に対する逆風はそれに留まらず、明らかな冷遇が始まり、管下の兵たちは日々の食料の確保さえままならない生活に追いやられた。鶴見中尉はこの情況に憤りを禁じえず、戦死者の遺族や生き残った兵たちに報いるためには、北海道の独立と軍事政権の樹立しかないとし、アイヌの金塊をその資金に当てようと考えたのだった。

ただし、現実には第七師団の師団長は大迫尚敏中将で、自刃などしておらず、第七師団も冷遇などされていない。作品の舞台が北海道である以上、登場する部隊は第七師団でなくてはならず、東京中央からの命令ではなく、独自に金塊探しを行なう動機づけをする必要から、自刃や冷遇というフィクションが創作されたのだろう。

ちなみに、師団長の自刃は乃木希典の自刃をヒントにしたと推測される。また、実際の第七師団砲兵第7連隊では鶴見数馬という大佐が連隊長を務めていたから、鶴見の姓はここからきたのかもしれない。