世の中の闇に精通する、作家の村田らむ。そんな彼が一番恐怖を感じるのは、理解不能な人間の狂気、「ヒトコワ」に出会ったときだと語ります。昔の恋人に久しぶりに連絡を――した・された、どちらの経験もある方は少なくないでしょう。この話は、なんの気なしに元カレに電話してしまった女性が体験した「ヒトコワ」話です。
※本記事は、村田らむ:著『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房:刊)より一部を抜粋編集したものです。
まだ未練が残る元カレに電話してしまった
東京在住の40代の女性が、もう思い出したくない、と言いながらしてくれた話だ。
大学時代に4年間つき合っていた彼氏がいました。出会いは2人が所属していたソフトテニス部で、結婚も考えていました。
ただ彼は大学卒業後に実家の企業に就職することになり、別れました。正式に別れたわけではなく、急に彼に連絡がつかなくなり、そのまま自然消滅のような形で終わりました。
でも、私の中にはまだ「彼が好き」という気持ちがあって、未練が残っていたんです。
私は卒業後は東京で就職して、忙しい会社員生活を送っていました。数年経ったある日、携帯電話のアドレスを操作していると、彼の名前を見つけました。なんだか、急に懐かしさや愛しさがこみ上げてきて、思わず電話をかけてしまいました。
しばらくコールが続いたあとに、ガチャっと電話を取った音が聞こえ「もしもし……? お久しぶり……」と話しかけてみると「久しぶり!!」と予想よりもずっと軽快な声が返ってきました。
私はホッとして「電話番号変えちゃったかと思ってた!! なんであのときは急に連絡とれなくなったの? 心配したし、寂しかった」と別れてからずっと抱えていた思いを吐き出しました。
「ごめん、実は事故に遭ったんだよ。それでそのあと、誰にも連絡できなくなってたんだ。でも、今でも好きだよ」
私は舞い上がりました。それからは、毎晩彼に電話をするようになりました。
「あの頃は楽しかったよね!」など大学時代のことを話すと、彼も「あいつら、今も変わってないのかな?」と、とても懐かしそうに応えてくれました。
1ヶ月間、毎日のように電話をして、私は彼のことを改めて好きになっていました。
そして彼は「よかったら会おうよ。よりを戻そう」と言ってくれて、有頂天になりました。
目の前に現れた元カレに違和感・・・
彼は学生時代、東武東上線沿いのある街に住んでいたのですが、実は今もその街に住んでいると言います。
当時は学校やバイトのあとに、彼の家に行っては泊まっていました。久しぶりにその街を歩くと、当時のことを思い出して胸がドキドキしました。
駅前で待ち合わせをしていると、三菱パジェロが横に停まりハザードランプでチカチカと挨拶をしてきます。
窓越しに手を振ろうとしましたが、黒いスモークフィルムが貼られていて中は見えません。助手席のドアを開けて、自動車に乗り込み「お待たせ!!」と彼に言って、彼の横顔を見ました。
運転席にいる男は、私が知っている彼の顔をしていませんでした。
「ビックリした? 顔が違うでしょ? 事故に遭って整形したんだよ」
男はそう言うと、車を発車させました。
(本当に事故にあったの? でも顔に傷跡があるわけじゃないし。体型も違うような……。でも何年も経っているし……)
しばらく思考がぐちゃぐちゃになっていたのですが、直接聞く男の声は全然彼の声ではなく、急に今の自分の置かれた状況に気づきました。
1ヶ月間、元恋人だと偽っていた男の自動車に乗っている。そして自動車は高速道路に乗ってしまったから降りられない。
私はパニックになって「怖い!! 殺さないでください!! 家に帰してください!!」とギャアギャア叫びながらお願いしました。
すると、その男は「本物じゃなきゃダメ?」
元彼はとっくの昔に電話を解約していて、その電話番号は男のものになっていたのです。
女性から電話がかかってきたので、思わず「久しぶり」と返事して、適当に話を合わせていたそうです。
結局、降ろしてもらえることになったのですが……。
「1ヶ月間、話している間に本当に元彼女のような気がしてきたんだ。こんな出会い方じゃなければよかったんだけど。もしよかったら、つき合えないかな?」
道中ずっと繰り返される彼の言葉に、私は泣きながら「無理です……無理です……」と断り続けました。