ロシアによるウクライナ侵攻の陰で、中国による台湾進攻もささやかれているが、周辺国の日本にも中国の中央統戦部が工作を仕掛けている可能性は高い。多額の資金を使って中央統戦部で行われる情報工作には、どのような目的があるのだろうか? 元陸上幕僚副長・陸上自衛隊東部方面総監で作家の渡部悦和氏が、中央統戦部の工作の特徴についてアメリカ大統領選挙を例に解説します。

※本記事は、渡部悦和 :​著『日本はすでに戦時下にある すべての領域が戦場になる「全領域戦」のリアル』(ワニ・プラス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

統一戦線工作の狡猾さと永続性

中国共産党は、西側の政治的・社会的・経済的秩序を支える、自由で民主主義的な制度を、中国にとって致命的な脅威とみなしている。

中央統戦部の際立った特質は、中共存続のために実行されている、途切れることのない工作だ。党の見解では、社会階級が存在する限り、統一戦線工作の必要性がなくなることはない。中央統戦部は、党への脅威であり、指導を必要とする新しい社会集団の急増に絶えず警戒しなければならない。つまり、中央統戦部の設立は長期的な戦略に基づいているのである。

中国の力が強くなったり弱くなったりしても、この政策は変わらない。言い換えれば、中国がより繁栄し、力強く成長し続け、国際安全保障環境が比較的穏やかなままであっても、中央統戦部の戦略は継続されるのである。

中央統戦部のもうひとつの特徴は、いつでも、どのような状況でも、統一戦線工作がおこなわれなければならないということだ。政治戦には認識できる始まりや明確な終わりがない。ターゲットを獲得するために、中央統戦部はターゲットにアクセスし、情報を入手し、関係を築き、信頼を獲得し、永続的な関係を形成する必要がある。

これらの活動は、忍耐とリソース(人材、資金など)を必要とするだけでなく、ターゲットとの戦略的提携の構築と維持のために、無期限のコミットメントが要求される。料理に例えると、「魔法の武器としての統一戦線工作は、弱火でグツグツと食材を煮こむようなもので、成功するまでには長い時間がかかる」ということだ。

統一戦線工作は、中共による“はるかに大きな政治戦”の一部にすぎないことも事実だ。中央統戦部以外で政治戦に関係する組織としては、解放軍を挙げることができる。解放軍は、メディア戦・法律戦・心理戦・政治戦を展開している。

中央統戦部は、主に国内外の中国人と海外の華僑に焦点をあてて活動しているが、外国に対する影響工作の重要な組織でもある。一方、中央対外連絡部(International Liaison Department)や国家安全部(Ministry of State Security)など、ほかの党機関は、中国系外国人に私的および公的な立場で影響を与え、威嚇する役割を果たしている。

中央統戦部などの工作は米大統領選挙にも影響

2020年の米大統領選挙に際して、ロシアやイランなどが大量のメール送信やSNS(ツイッター、フェイスブック、ユーチューブなど)に偽情報を流すなど、影響工作(Influence Operation)がなされた。同年11月5日付の『ニューズウィーク』誌によると、中央統戦部などの中国関連の組織も工作に関わったとのことだ。

▲中央統戦部などの工作は米大統領選挙にも影響 イメージ:US Embassy(ウィキメディア・コモンズ)

米国の情報機関と密接に連携している「オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)」の分析によると、2020年米大統領選挙における中国の工作は、「米国社会の分断を深めるという中国当局の政治的目的のために、中国にルーツをもつ個人や組織がおこなった多面的な不正活動」の一環だという。

つまり、中国による工作の目的は、特定の陣営に露骨に加担したり、特定の主張を支持したりするというよりも、米国内の政策形成に影響を及ぼし、中国の利益に反する政治家などに圧力をかけ、米国社会の亀裂を深めることにある。

ASPIの分析によると、大統領選挙に関連した工作は、中央統戦部の活動のほんの一部であり、中国共産党にルーツをもつ約600の組織が米国社会に浸透し、さまざまな活動を実施している。

中央統戦部の活動は、日本でもなされていることを我々は認識すべきだ。中央統戦部の関与する国内外での活動資金は、2019年実績で26億ドルを超え、6億ドル近くが海外在住の中国人社会と、外国人にむけた活動に充てられている。その総額は中国外交部の予算を上回るという。その一部の工作資金は日本にも投入されている。

米大統領選挙を通じて、米国社会の分断はさらに深くなり、民主主義国のリーダーとしての米国の信用は失墜した。中国は、統一戦線工作が効果的であったと満足しているであろう。