無事にNSCを卒業。小山とコンビを組んで、改めて芸人としてスタートを切った福田健悟。しかし、小山の消極的な態度に不満がたまっていく。そんなとき、バイト先で「女神」と出会い、二人はだんだんと惹かれ合っていく……。

税金対策で芸人に!? ネタ出しをしてこない相方

1週間後。卒業後の初ライブ。劇場には先輩たちが多勢いて、挨拶回りから始まった。小山は人一倍しっかりした挨拶だったが、ビジネスライクな考えでそうしていると知って、少し冷めた。楽屋で待機中。

「なんでお笑いやろうと思ったの?」

「税金対策」

同期に聞かれて、小山はこう答えていた。服を買っても、衣装代。ご飯に行っても、打ち合わせ代。こんな発想は浮かんだこともない。サイドビジネスをやっているとは聞いていたが、本当は芸人ではなく、サイドビジネスがメインなのではないかと思ってしまう。そんな動機で芸人を始めたのかと思ったら、ゲンナリした。

「税金対策で芸人やりだしたの?」

「冗談だよ、冗談」

半信半疑だったが、税金対策をするためというだけの理由で、養成所を耐え抜くことはできない気がする。しばらく様子を見よう。出番になるとスタッフさんに呼ばれて、舞台袖にスタンバイした。卒業ライブのあとで漫才をやるのは、今日が初めてだ。

結果は、可もなく不可もなくといったところ。出演者全員の出番が終わって、最後に全員で舞台に上がった。ここからは企画のコーナー。鍋や人形、電話やヘルメットなど、20種類ほどある道具の中から、好きな物を選ぶ。それを使って面白いことをする、という企画だ。小山は赤ちゃんの人形と桶を持って、舞台中央へと歩いていった。司会者の合図で、持っていた風呂の桶に赤ちゃんの人形を入れてこう言った。

「赤ちゃんポスト」

「はい、ダメー」

唖然とした。会場も、全くウケていない。司会の先輩も、救いようのない感じだった。幸いにも、舞台を降りてから怒られることはなかったが、一抹の不安は残った。こんな破天荒で大丈夫だろうか。この破天荒ぶりが、良いほうに作用すればいいが。

小山はネタ作りの才能はないが、人脈づくりの才能はあると言っていた。それは事実。ひょんなことから、所ジョージさんの息子さんと知り合いになって、僕も一緒に別荘に泊めさせてもらうことになった。あの所ジョージさんだ。これは小山の実力を認めざるを得ない。ゴミは片付けて、掃除機をかけて、来たときのまま帰る。それがルールだった。そのルールを聞いた直後に、僕はネズミ捕りを踏んでしまった。

「でっかいネズミだなぁ」

そう言って、皆で笑っていた。家は大きくて豪華。お風呂も綺麗で広い。あたりを見回しながら、最高に気持ち良い入浴を済ませて、風呂から上がった。

「お先に失礼しました」

そう言いながら歩いていると、今度は素足でネズミ捕りを踏んでしまった。さっきは靴下だったから、脱げば解決をしたが、足に直接ネズミ捕りが付いた場合は話が違う。大浴場に踵を返して、洗い流そうとしても、全然とれない。水はおろか、ボディシャンプーを使っても、ビクともしない。

ありとあらゆる物を試したが、歯が立たなかった。シャンプーもダメ。トリートメントもダメ。お湯で流しても、一切とれる気がしない。最終的に効果があったのは、洗顔オイルだった。特殊な成分が入っているからか。これは経験をしないと、得られない知識だ。

揉めたくない――焦るだけで一向に進まないネタ作り

こういう体験ができたことは貴重で、彼に感謝をしていたが、ライブの日になると険悪になる。毎週1つは新しいネタを作って見せていたものの、1年間で1度たりとも認められはしなかった。

もちろん、僕が認められるネタを作っていなかったのが悪い。だが彼が認めるのは、卒業ライブのネタだけだった。卒業ライブのネタは、彼のアイディアを採用して作った。別に僕が意見を聞かなかったわけではない。それ以外は、1回もアイディアを出したことがないのだ。

卒業ライブの日から1年が経った今でも、他のネタをやりたがらない。それでも僕が強行突破をして、他のネタをやろうとすると、著しくパフォーマンスは落ちた。人脈を広げることは、良いことだと思う。

ただ、自分たちに実力があって、人の力を借りるならまだしも、最初から人のふんどしで相撲を取るようなやり方は、いかがなものだろう。そんなやり方で勝ち上がっても、結局いつかはボロが出る。やっぱり結果を出すには、実力で評価されないといけない。卒業ライブのネタがウケたのは事実だが、卒業後は作家さんたちから酷評をされて、大会に出ても1回戦で落ちてしまった。

「やり続けることに意味がある」

このように小山に言われて、納得する部分もあったが、言い訳のようにも聞こえていた。他のアイディアを出すことができないから、既存のネタにしがみついているだけ。時間だけが過ぎ去って、焦っているのは自分だけ。

「ネタ合わせを増やそう」

「サイドビジネスが忙しいから無理」

普通なら解散をするところだが、地元で活動していた頃に、相方と揉めたときのことを思い出した。あのときは自分の実力を棚に上げて、舞台での失敗を相方のせいにした。同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。

「聞いてくれよ。昨日ギャグ買ったんだよ」

「ギャグを買った?」

「そうそう。渋谷のギャルに芸人やってるって言ったら、ギャグくれるって言うからさ」

「どんなギャグ?」

「いくぞ。位置について……ヨーイ! するだけ」

「いくらで買ったの?」

「5千円」

「クーリングオフしてこい!」

ややウケだった。全くウケないよりはいいが、売れる兆しは見えてこない。本来ならプロの芸人が、ギャルからギャグを売ってもらったと聞いたら、プライドを持って欲しいと思うところ。そこを指摘してしまっては、過去の自分と変わらない。養成所を途中でクビになった伊藤を見て、人を不快にさせる非常識は、笑いにならないと学んだ。

小山が芸人の活動に後ろ向きなことは、僕にとって不快な非常識だったが、舞台を見ている人たちには関係ない。僕が我慢すればいいだけ。情熱を注がずに、笑いで飯を食っていくことなんて不可能。心のどこかでわかっていたつもりだったが、核心からは目を背けて、無謀な努力を続けていた。