貧乏エピソードは売れるまでの通過点
キサラの社員として働きながら舞台に立っていた頃は、社長や店長、アルバイトの子たちが「タレントのTAIGAさんじゃないですか~」なんていじってくれて、「おいおい、やめろよ」と言いつつも、それがうれしかった。
「タレントのTAIGA」という響きが気に入って、ステージ前の楽屋で一人復唱することもあった。「タレント」という甘美な響きで自分に気合いを注入してステージに立てば、スベっても気にならなかった。だが、社員という肩書を捨て、芸人として食っていく覚悟を決めたからには、そうそうスベってはいられない。
仕事を辞め、芸人としての覚悟は決まったものの、それまで月に25日くらい働いていたから、とにかく時間ができて、時間ができたぶん金がなくなった。まぁそりゃそうだ。
しかし、それは俺が望んだこと。とにかく、この世界で売れたいと思ってサラリーマンを辞めたんだから、ショーパブで固定給をもらって安心したいわけではない。好きなことを仕事にして、スーパースターになって金持ちになる。キャーキャー言われて毎日楽しく暮らす。両親を旅行に連れていく。親に迷惑かけたぶんたっぷり親孝行をして、俺スゲーだろと思わせてやる。当時の俺は、そんな未来予想図を思い描いていた。
風呂なしアパートに住むことなんて、売れるまでの通過点に過ぎない。いつか、この苦労話を笑える日がきっと来るはずだから、苦ではないと思っていた。だが、金がないのは地味にこたえた。
なんせ引越しした月は、ジムに入る金もなかったのだ。最初は近所の銭湯に行っていたが、当時の入浴料430円を負担に感じて、近所のコインシャワーに通うようになった。そこは1回200円で3分間シャワーが使用できたが、3分では頭から体まで全部流すのは不可能だ。もう200円払うのは癪なので、家のキッチンで髪を濡らし、キッチンで体も全部洗ったうえで、もう流せばいい状態にしてコインシャワーへ行くようになった。こうすれば3分でシャワーを済ませることができた。
また、アパートは木造で築年数も古かったので、ビー玉を床に置くと、勢いよく転がっていくほど傾いていた。窓も上から下までキッチリ閉まらない。家が傾いて、窓枠が歪んでいるからだ。そこから隙間風が入ってくるので、冬場は耐えられない寒さになる。段ボールなどを貼りつけて隙間を塞ぐことにした。
ゴキブリもよく出た。ホウ酸団子を家の隅々に置いても、まだ湧き出てくる。ある日、キサラから帰ってきて夜中に家の扉を開けたら、部屋の中が煙だらけだった。「しまった! 火事だ!」と思い、家に飛び込んだがどこからも火が出ていない。
おかしいと思って、アパートのいろんな場所を覗いたところ、どうやら下の住人の部屋から煙が出ていることがわかったが……。