芸人として戦う準備は整った
ナイスミドルがショーパブで前説を始めたのと同じ時期に、俺は店長に「自分も舞台に立たせてもらえないか」と伝えていた。
この頃には、六本木のライブハウスをはじめ、数回営業をこなして多少なりとも自信がついていた。ほかのモノマネ芸人がやってるベタなものはもちろん、店では誰もやっていないエルヴィス・プレスリーのモノマネができるという強みもわかっていた。もちろん衣装や音源も揃えてある。
熱意を買ってくれて店長が、月に一度の定例会議で話してくれることになった。
会議には店の関係者だけでなく、芸能事務所の代表たちも集まる。たとえばオフィスインディーズという事務所は当時、コージー冨田さん、ゆうたろうさんが所属していて、ショーパブとはもちつもたれつの関係だった。事務所は自社のタレントを出演させて場数を踏ませることで経験を積ませ、さらにタレントの出演料で多少の儲けを狙うのだ。
会議では、そんな社長たちとショーパブの店長や顧問が、「店をもっと盛り上げるためにはどうしらいいか」「こんなタレントを入れてみよう」「モノマネだけではなくマジシャンも入れたらどうだろう」と話し合われていた。
従業員がステージに立つという前代未聞の提案は、意外にもすんなり受け入れられた。
「あいつか!」
「プレスリーなんてやってるんだ」
「面白そうじゃん、出そうよ」
こんな感じで、あっという間に話が決まったと聞いた。会議から戻ってきた店長は、笑いながら言った。
「トントン拍子で話が進んでさ。今夜のショーから出演しろって」
「え? でも衣装とか持ってきてませんよ!」
「スタッフの格好で出ちゃえばいいじゃん」
そのとき、俺が身につけていたのは他のスタッフと同じ、黒のスーツ、青のワイシャツ、そしてネクタイ。こうなったらそれを逆手に取って、ショーが始まるまではスタッフとして接客をして、お客さんに顔を覚えてもらい、いざショーが始まったら、突然ステージに上がって、「いやいや、さっきの従業員じゃん!」という客席からのツッコミを狙おうと思った。