切磋琢磨するキサラ芸人たち
階段を下り、慌てて部屋をノックすると、お世辞にもまともとは言えない、くたびれたおっさんが顔を出す。部屋から煙が出ているけど大丈夫かと聞いたのだが、何を言ってるのかよくわからない。おっさんの背後に見えた部屋の様子は、まさにゴミ屋敷そのもので、ゴキブリの故郷はここに違いないと確信した。
あまりに要領を得ないので、電話で警察を呼ぶことにした。あとで警察に聞いたところによると、下の住人は林業をやっていて普段は山にこもっているらしい。だが、あのときは何を思ったのか、落ちてる木と枯れ葉を使って焚き火の練習を部屋でしてたらしい。俺が部屋で寝ていたら一酸化炭素中毒で死んでいたかもしれない。後日、その住人は強制退去させられていた。
そんな風呂なしアパートを拠点にした芸人生活にもだんだんと慣れてきた。新宿のショーパブや六本木のライブハウスの出番も増えてきた。
先輩たちとの交流も増え、ゆうたろうさん、コージー冨田さん、前田健さんなど、いろんな先輩芸人の方とも仲良くさせていただき、よく飲みに連れていってもらうようになった。
ゆうたろうさんの家に遊びに行くと、奥さんが料理を振る舞ってくれた。生まれたばかりのお子さんはかわいくて、あやすのが楽しかった。
コージーさんと飲んでいると、ゲームや謎かけが始まる。謎かけなんて、ただでさえ得意じゃないし、酔っ払ってるわけだから何も答えが出てこないのだが、コージーさんはいつもやさしく笑い飛ばしてくれた。
前健さんは芸に対して深く真剣に考えている人で、「生きるとは」「人への感謝」みたいな深い話になることも多かった。
ショーパブを運営している会社からも、ちょくちょく営業を振ってもらえるようになった。たとえば、企業のパーティー、地方のお祭り、ショッピングセンターの営業、キャバクラやホストクラブの周年パーティー、屋形船の宴会などなど、いろんな場所で芸人は必要とされているのだと知った。
営業に呼ばれるにはどうすればいいのだろう。答えは一つ。腕を上げるしか、生き残る道はない。ショーパブの客席のいちばん後ろからショーを見て勉強した。
芸人が新ネタを初めて披露するときは、食い入るように見て脳裏に焼き付けた。ダブルネームがケミストリーの歌マネから、喋りを入れるようになって、一皮剥け、笑いが確実に増えているのを感じた。
ミラクルひかるは、明らかに誇張したモノマネで笑いを取りにいく手法を試し始め、結果を残していた。
俺も負けてはいられない。他の芸人がやっていない切り口のモノマネを模索した。六本木や麻布十番にあるショーパブにも客として偵察に行ったし、とにかくテレビを録画して新ネタを探した。
そろそろ本当の実力を手に入れなくてはいけない。根拠のない自信に満ちあふれた20代も半ばを過ぎていた。
(構成:キンマサタカ)