地方営業で教えられた芸人のプライド

まだ駆け出しの若手だった頃、秋田県のキャバクラ営業に行ったときの話だ。

市内にあるキャバクラの周年パーティーがあるということで、俺と平井堅さんのモノマネをする先輩と2人で向かった。3日間泊まりがけの大掛かりな営業だった。

1日2ステージを3日間。合計6ステージ。1ステ40分くらいのショーを2人でやる予定だったのだが、キャバクラ営業というのは飲まされることも多い。ステージが終わったあとに軽く接客することもある。

それらは正式な仕事ではなく、芸人からお店へのサービスみたいなもので断ってもいいのだが、そのぶんチップが他の営業よりもらえるというメリットもある。チップをくれたテーブルには、席に着いて盛り上げることもあった。

この日も、俺がトップで出てって場を盛り上げて、先輩芸人が締める予定だった。先輩芸人は豊富なレパートリーを持つベテランだったが、当時は平井堅さんのモノマネの評判がとにかく良かった。大ヒット映画『世界の中心で、愛をさけぶ』の主題歌『瞳を閉じて』を本人そっくりの歌声で熱唱すれば、お客さんもキャバ嬢たちも拍手喝采の大盛り上がり。先輩のおかげで、この日のステージも大盛況で終えることができた。

営業終わりに、キャバクラのオーナーから声をかけられた。どうやら秋田の繁華街に顔がきくようで、飲み屋に付き合ってほしいというのだ。きっと東京から芸人を連れてきたといえば、ちょっとカッコがつくと思ったんだろう。先輩はモノマネ番組にも出ていたし、地方ではちょっとした芸能人扱いだ。

オーナーは飲み屋で「東京からウチの店に芸人さん呼んでイベントやってたんだ」と終始ご機嫌だった。すると調子に乗ったのか、「ちょっとここでネタをやってくれ」と頼まれた。

仕事で呼んでもらっているし、次の日もお世話になるので、俺は2曲ほど歌って、軽くネタを披露した。次は先輩の番だ。間違いなく場が盛り上がる平井堅を歌うのだろうと思ったが、先輩は手にしたグラスをテーブルに置いて静かにこう言った……。