ホテルに響く甘い歌声
「明日のステージもあるから、喉を壊すとオーナーに迷惑をかけるのでやめておきます」
それを聞いて、ちょっと不満げな顔をするオーナーだったが、そう言われたら無理強いはできない。
一瞬、場が白けたが、すぐにまた賑やかな飲み会に戻っていった。しばらくすると先輩は俺の横に来て、耳元でこう囁いた。
「TAIGA、仕事で来た以上はプロなんだから、芸の安売りはやめろ。俺たちは、もう2ステージやってきてるんだ。飲みに付き合うだけならまだしも、ネタをやらされる筋合いない。もっと自分の芸にプライドを持て。芸の安売りをするな」
先輩の言葉が胸にズンと響いた。その通りだ。仕事は仕事、プライベートはプライベートだ。そして俺だって、もうプロの芸人なんだ。それくらいプライドを持って仕事に取り組まなくてはいけない。先輩の背中がやけに大きく見えた。
そのあとも、オーナーは何件か飲み屋をハシゴした。「なんかネタをやってくれ」と振られた俺は、「すいません、明日のために体調を整えたいので」とハッキリと言うことができた。先輩はそれを見て微笑んでいたようだ。
先輩のおかげで芸人として少しだけ成長できた気がした。
そして翌日。二日酔いの頭を抱えて昼くらいまで寝ていたら、先輩から連絡があった。
「夜のステージまで時間があるからメシでも行こう」
昼メシをごちそうになり、ホテルに帰ってきたが、夜まではまだまだ時間がある。すると先輩は少し言いづらそうにこう打ち明けた。
「実は昨日の飲み屋で知り合った女の子が、この部屋に来るんだ」
すごい! さすがは俺が尊敬する先輩だ。いつの間にそんなアポとったんだ。しばらくすると、女の子から先輩のケータイに電話がかかってきた。どうやらホテルに着いたらしい。部屋番号を伝える先輩。
「お邪魔でしょうから失礼します!」と言って部屋を出て、隣の俺の部屋へ戻ろうとすると、入れ代わりに女の子が入ってきた。なかなかカワイイ娘だった。
俺は部屋に戻ってシャワーを浴び、ベッドに横になる。隣りの部屋でエッチなことが始まったらたまんねーなー。想像すると興奮してきてしまった。
悶々とした気持ちを抱えたまま、女の子が部屋に入ってから30分ほど経った。俺は意を決して、そうっっとホテルの部屋の壁に耳を当てた。
隣りの部屋から聞こえたのは高めの声だった。
♪ YOUR LOVE FOREVER 瞳を閉じて~ 君を描くよ~ それだけでいい~♪
先輩芸人は平井堅さんのモノマネをしていた。俺に「芸の安売りはするな」と言ったカッコイイ先輩の横顔が頭に浮かんだ。壁から耳を離し、ベッドに横たわる。俺はそっと瞳を閉じた。
(構成:キンマサタカ)