翔吾が人を殺してしまった。福田健悟は翔吾を守るため、すべての罪を被って警察に連行されていく。順調だと思っていた人生が一気に崩れ去った福田だが、愛するマナミと翔吾をマスコミや世間の目から遠ざけるため、彼女たちとは二度と関わらないことを誓った……。

「叩かれるのは自分だけでいい」マナミと翔吾を守る

「今回の件は、正当防衛になります。私は弁護をする相手が白なら、必ず無罪を勝ち取ってきました。本当は、担当の方に肩入れするのは良くないんですけどね。安心してください。私は今日で特別監査室を辞めてきました。これで、思う存分あなたの弁護をすることができます」

気持ちは有り難かったが、受け入れることはできなかった。彼が実力のある弁護士だという保証は、どこにもない。本人が言っているだけだ。仮に翔吾の無実が証明されたとしても、今後の人生で、汚名を着せられる可能性は充分ある。

「帰ってくれ」

「でも……」

「いいから」

「私がなんとか……」

「早く帰れよ」

「心配しないで……」

「帰れって言ってんだろ!」

「……わかりました」

これでいい。全ては僕のせいだ。翔吾は何も悪くない。翔吾の身に起きたことを、マナミに報告しなかったのが、間違いだった。僕が相手を恫喝したのが、間違いだった。今になって思えば、助ける方法は他にもあった。あんな方法を取ったがために、イジメをエスカレートさせてしまった。

テレビに出ていたのも、僕が勝手に選んだ道だ。相手はテレビに出ている僕を見て、スキャンダルのネタになると思って、翔吾を脅した。彼は僕を守るために、何をされても我慢していた。僕がテレビに出るようになるまでに、血ヘドを吐くような努力をしていたと、マナミから聞いていたのだ。

芸人としての成功を、誰よりも喜んでくれていたのは、マナミだった。そんな母親の悲しい顔を見たくなかったのだろう。優しい子だ。そんな子を巻き込んでしまった。

おそらく彼は、自分のせいだと思っている。そうではないということだけでも、今すぐに伝えたいが、叶わない。叶えてもいけない。もう二度と、彼らと関わってはいけない。僕と彼らは、なんの関係もない。一度も関わったことがない。寂しくても、他に方法を見出すことすら、諦めるべきだ。

せめてもの救いは、婚姻届を出していなかったこと。翔吾から電話があったのは、婚姻届を取りに行く直前だった。このタイミングで良かった。婚約後に事件を起こしていたら、2人にも迷惑がかかってしまう。

きっとマスコミは、面白がる。人殺しであるガネーシャ福田の家族と言われて、散々バッシングをされることくらい、容易に想像がつく。幸い今は、僕と彼女の関係を知っているのは、身内しかいない。誰かに気づかれて、二次被害を招くことは避けられる。叩かれるのは、僕だけでいい。

看守から告げられた「今日はキミは54だ」

気がかりだったのは、実家の家族のことだけだ。僕のせいで、肩身の狭い思いをすることになる。父にいたっては、僕の活躍を見ることが、唯一の楽しみだと言ってくれていた。体調が悪くても、動画を見て笑った日は、普段より安定していると言っていた。

手術が成功して、回復の兆しを見せていたのに、悪化してしまわないだろうか。おそらく、今頃ワイドショーは賑わっているだろう。有名人が殺人で捕まるニュースなんて、聞いたことがない。

警官に連れられて向かった先は、人生で2度目の留置所だった。ここでのルールは、全て知っているが、担当の警官はマニュアル通りに説明を進めた。トイレを流すときは、看守に頼むこと。お風呂には、1週間に1回しか入れないこと。番号で呼ばれること。

「今日からキミは54だ」

逆になっただけか。皮肉なもんだ。“45”と呼ばれるのは、今日で最後になる予定だった。確かに“45”と呼ばれることはなくなったが、数字が反転しただけで、番号で呼ばれて生きていくことには変わりない。もういい。たぶん出所する頃には、マナミは他の誰かと結婚している。そうなっていてほしい。

ダメだ。泣いている場合じゃない。強くならないといけない。これから約10年は、刑務所の中だ。感情は押し殺すべきなのに。なんでだろう。悲しくてしょうがない。こうするしかないのに。悪あがきをしてはいけない。

今から何が待ち受けているかは、全て想定内。ここを出たあとに行く場所が、鑑別所ではないというだけで、刑務所もたいした違いはないはずだ。覚悟はできている。そう思っていたのに、1人でいると、余計なことを考えてしまう。

今から10年後は、50歳手前。殺人犯として顔が晒されている状態で、仕事が見つかるとは思えない。それに今の僕は、全てを失った。17年前にゼロからスタートをして、全てを手に入れたと思っていたが、一瞬でなくなった。もう何かを望むべきではない。そうだ。何も望まないことだ。それが今後の人生を生きながらえる、唯一の方法だ。

1日が経ち、2日が経ち、感情に変化が表れた。取り調べで、全ては自分のせいだと言うたびに、翔吾の顔が頭に浮かんだ。彼が幸せに暮らしていけるなら、それでいい。他には何も望まない。苦痛を少しでも和らげるためには、翔吾とマナミが、笑顔で暮らしているところを想像するしかなかった。