自分が正しいと思うことを認められていなかった。そう野口徹郎に気付かされた福田健悟は、野口と二人三脚で無事に無罪判決をつかみ取る。しかし、苦難から逃れ切ったわけではない。詰め寄る記者、お笑い芸人としての仕事に、マナミたちとの関わり……。これから福田はどう生きていくのか、何度目かの再出発の物語。

会見で袋叩きになっても福田健悟が守ろうとしたもの

「福田さんは、誰の罪をかぶったんですか? 名前を教えてください」

「名前……か。名前って、なんなんでしょうね? じつは僕、17年前から名前を失ってるんですよ」

記者たちは、釈然としない顔をしている。というよりも、無表情に近い。そうか。この話は、普通の人が聞いても、耳に入らないようになっているんだった。名前を失う物語は、失った者にしか理解できない。

「まぁいいや。何を言ってるかわかんないでしょうけど、聞いてください。今回の件が起きた翌日に、本当は名前を取り戻せるはずだったんですよ」

「質問の答えになってませんよ」

「今回のことで、僕はわかったんです。僕は過去の自分を責めていました。僕なんかが幸せに生きるなんて、あってはならない。そう思ってました。だから、正しいことを正しいって言う、勇気もなかった」

「ファンの方に何か言うことはありませんか?」

「ファンの方々には、本当に申し訳ないと思っています。せっかく皆さんが応援してくれていたのに、僕は自分のことを認めてませんでした」

場は静まり返っていた。

「自分でさえ認めてない自分を、応援してもらおうとするなんて、失礼な話ですよね。だから決めたんです。もう後ろを振り向くのは止めようって」

「それは、今回のことと何か関係があるんですか?」

「今回のことは、裁判で下された判決が全てです。結果は無罪でした」

「ご遺族の方にも、同じことが言えますか?」

「そのことに関しましては、心よりお悔やみ申し上げます。生きてさえいれば、償い続けることで、許される日は必ずくる。それは、僕自身が身をもって体験して、わかったことです。そのチャンスが失われてしまったことに関しては、残念で仕方がありません」

「正当防衛だったと聞いてますが、命を奪うのは、過剰防衛だったんじゃないですか?」

「じゃあ、なんで無罪になったんだと思いますか? もし過剰防衛なら、裁判官は間違った判決を下したということになります。でも僕は、そうは思いません。全ての責任が、命を奪ったほうにあると言うのは簡単です。でも僕は、そんなこと言えません。だって、信じてくれている人がいるから。それに僕たちは、十分に社会的制裁を受けました。無罪判決が出たうえで、償うことはもうありません。無罪の人間を責めることも、罪だと思います」

こうして会見に幕を閉じた。再び鳴り響くシャッターの音と、フラッシュの光を背中に浴びて、記者たちの前から立ち去った。

「お疲れさまです。なんかスゴイ会見でしたね」

マネージャーからしたら、嫌な会見だったと思う。これから先どうなるかわからないが、芸能界に戻るつもりなら、無難に会見を終えたほうがよかっただろう。

「ごめんな。あんな会見しちゃったら、復帰は難しくなっちゃうよな」

「大丈夫ですよ。世間には、福田さんの応援をしてる人がたくさんいますから。ただ1つ気になったんですけど、会見の最初に言っていた、17年前の話ってなんだったんですか? 名前を失くしたって言ってましたけど」

不思議に思うのも、無理はない。急に名前を失うなんて聞いても、信じる人のほうが少な……。いや、待てよ。あの話は、更生プログラムに関係ない人の耳には、届かないはず。実際に今まで僕のことを番号で呼んでいた人たちは、番号で呼んでいる自覚がなかった。さっきも、記者会見のときに番号で呼ばれて……。いや、記者は僕のことを、福田さんと言っていた。どうなってるんだ?